本稿は私が(初等的な意味で)最も簡潔かつ正確であると信ずる「代数学の基本定理の証明」である. 本稿を記すに当たって論理記号( ∧, ∨, ⇒, ¬, ∀, ∃, (,) )の多用を避け大部分で平叙文を代用した. その理由は論理記号による記述は簡潔ではあるが修飾語の必要な表現では適切な記号が無いか, あるいは 長い記述のようなものでは語順も含めて意図した事柄を正しく伝えることが困難である等による. ただ目標として, (1)必要なことは述べる. (2)無駄なことは述べない. (3)正しい順序で述べる. ことに努めた.これは謂わば「論理記号の精神を守って記述する.」ということである. (2006/12/15) §§0.凡例. ・整数環を N とする. ・有理数体を Q とする. ・実数体を R とする. ・複素数体を C とする. ・任意の数体を K とし,K 上一変数 z の多項式環を K[z] とする. ・α が β を割り切ることを α|β であらわす. ・多項式環上の等式を = で,多項式関数上の等式を = であらわす. ・f(z) が n 次式であることを deg f(z) = n であらわす. ・集合 M が n 個の要素を持つことを #M = n であらわす. ・α, β の最大公約量が γ であることを ( α, β ) = γ であらわす. ・複素数 α の共役複素数を αc であらわす. これ以外は必要の都度,明記する. §§1.代数学の基本定理. 本稿では次の命題を「代数学の基本定理」としておく. ”f(z) を C[z] の任意の n 次式とすれば,適当な C[z] の n 個の一次式で因数分解できる.” ここで, C[z] ⊃ R[z] ⊃ Q[z] ⊃ N[z] であることに注意すれば, ”f(z) を R[z] の任意の n 次式とすれば,適当な C[z] の n 個の一次式で因数分解できる.” ”f(z) を Q[z] の任意の n 次式とすれば,適当な C[z] の n 個の一次式で因数分解できる.” ”f(z) を N[z] の任意の n 次式とすれば,適当な C[z] の n 個の一次式で因数分解できる.” と云える. また本稿では特に断らない限り任意の多項式の最高次の係数は暗黙の内に1であるとする. そうでない一般の場合であっても各項の係数を最高次の係数で割ってしまえば容易にこの形となり, しかも多項式因数や根はこのような変更でも全く影響を受けないと考えて良いことによる. §§2.証明の粗筋. 次のような二つの命題 P と S を定義する. [命題 P] ”(P-1) f(z) は R[z] の任意の n 次式である. (P-2) 適当な C[z] の一次式 z - σ が存在して, z - σ | f(z) となる. (P-3) K = C である.” [命題 S] ”(S-1) f(z) は R[z] の任意の n 次式である. (S-2) 適当な零因子の無い R の拡大体 K が存在する. (S-3) 適当な K[z] の n 個の一次式 z - τ1, z - τ2, …, z - τn が存在して, f(z) = ( z - τ1 )( z - τ2 ) … ( z - τn ) と因数分解できる.” これらの命題 P と S の間では, 後に証明されるように P ⇔ S が成立する. すなわち P と S は必要十分条件の関係にある. この結果, ¬P ⇔ ¬S も云える. すなわち, ”有限体のような数体上ではもはや任意の n 次式が n 個の一次式で因数分解できるとは限らない.” と云えるのである. ここで, P ⇔ S を導くこと,及び,その事実からさらに, 「代数学の基本定理」 ”f(z) を C[z] の任意の n 次式とすれば,適当な C[z] の n 個の一次式で因数分解できる.” を云うには次の5つの補助定理の証明が不可欠である. [補助定理1] ”任意の R[z] の n 次式を f(z), 適当な C の要素 σ = a + bi, b ≠ 0 が存在して, z - σ | f(z) であると仮定する. さらに,σ の共役複素数を σc とするならば, z - σc | f(z), ( z - σ )( z - σc ) | f(z), ( z - σ )( z - σc ) は R[z] の既約二次式である. が成立する.” [補助定理2] ”f(z) を R[z] の任意の奇数次式とすれば, 適当な R[z] の一次式 z - σ が存在して, z - σ | f(z) が成立する.” [補助定理3]「ウェアリングの結果」あるいは「対称式の基本定理」 ”n 個の文字の任意の対称式は n 個の文字の基本対称式の有理式である.” (ただし証明の途中で「代数学の基本定理」が真であることを前提とせずに証明する.) [補助定理4] ”a, b を自然数, 1 ≦ a ≦ n, 1 ≦ b ≦ n, a ≠ b, {[a,b],[b,a]} = {[b,a],[a,b]} であるとして, 全ての異なる数対対 {[a,b],[b,a]} の集合 M を定義する. 以下が成り立つ. (1) M には丁度 n(n-1)/2 個の要素たちが存在し,全てが異なっている. (2) M は n 文字の対称群 Sn の任意の置換で不変である.” [補助定理5] ”f(z) を C[z] の任意の n 次式とし, f(z) の係数を共役複素数で置き換えた式を fc(z) とすれば, f(z)fc(z) は R[z] の 2n 次式である.” さて,これらに基づいて証明の主部における粗筋を, (1)主に [補助定理1] から P ⇒ S を証明する. (2)主に [補助定理2], [補助定理3], [補助定理4] から S ⇒ P を証明する. (3)主に [補助定理5] から冒頭で掲げた意味の「代数学の基本定理」を証明する. として本稿を展開する. §§3.補助定理の証明. [補助定理1] ”任意の R[z] の n 次式を f(z), 適当な C の要素 σ = a + bi, b ≠ 0 が存在して, z - σ | f(z) が成り立っていると仮定する. さらに, σ の共役複素数を σc とするならば, z - σc | f(z), ( z - σ )( z - σc ) | f(z), ( z - σ )( z - σc ) は R[z] の既約二次式である. が成立する.” [証明] 題意の仮定から,適当な C[z] の n-1 次式 q1(z) が存在して, C[z] 上で f(z) = ( z - σ )q1(z) が成り立つと考えて良い. f(z) の係数を共役複素数で置き換えた式を fc(z) とする. z - σ の係数を共役複素数で置き換えた式は z - σc となる. q1(z) の係数を共役複素数で置き換えた式を q1c(z) とする. 然るに,補助定理6から C[z] 上で fc(z) = ( z - σc )q1c(z), z - σc,q1c(z) ∈ C[z], deg q1c(z) = n-1 も成り立つと考えて良い. ところが, f(z) は R[z] の多項式であったから, fc(z) = f(z) ∴ f(z) = ( z - σc )q1c(z) ∴ z - σc | f(z) ∴ z - σc | ( z - σ )q1(z) ところが, σ = a + bi, b ≠ 0 ∴ z - σ ≠ z - σc ∴ z - σc | q1(z) ゆえに適当な R[z] の n-2 次式 q2(z) が存在して, q1(z) = ( z - σc )q2(z) ∴ ( z - σ )( z - σc ) | f(z) ところが, ( z - σ )( z - σc ) = z2 - ( σ + σc )z + σσc, σ + σc, σσc ∈ R ∴ ( z - σ )( z - σc ) ∈ R(z) なお ( z - σ )( z - σc ) が R[z] の既約二次式であることは b ≠ 0 から自明. (証明終り) [補助定理2] ”f(z) を R[z] の任意の奇数次式とすれば, 適当な R[z] の一次式 z - σ が存在して, z - σ | f(z) が成立する.” [証明] f(z) が奇数次の式であることから,μ を十分大きな実数とすれば,多項式関数として, f(μ)f(-μ) < 0 となり,中間値の定理から, -μ < σ < μ となるような実数 σ が存在して,多項式関数 f(σ) = 0 が成立する. ここから, 適当な R[z] の多項式を q[z],r[z] として,R[z] 上で, f(z) = ( z - σ )q(z) + r(z) と置いて見ることができる. ここで, deg r(z) = 0, または,r(z) = o ( o は多項式環上の 0 である.) これを z に σ を代入した多項式関数と見ると, r(σ) = 0 となる. ∴ r(z) = o, f(z) = ( z - σ )q(z), z - σ | f(z) (証明終り) [補助定理3-1]「ウェアリングの結果」あるいは「対称式の基本定理」 ”n 個の文字の任意の対称式は n 個の文字の基本対称式の有理式である.” [証明] 文字の個数 n についての帰納法を用いる. (1) n = 1 で定理が真であることは自明. (2) n-1 について定理が真であることが云えてあると仮定する. ここで n-1 文字の場合の基本対称式たちを ∑ を単系対称式として, α1 = ∑z1, α2 = ∑z1z2, …, αn-1 = ∑z1z2 …zn-1 とする. (3) n-1 で定理が真であると仮定して, n でも真であることを示そう. n 文字の基本対称式たちを β1 = ∑z1, β2 = ∑z1z2, …, βn = ∑z1z2 …zn とする. さて, 次のような多項式を g(z) としよう. g(z) = ( z - z1 )( z - z2 ) … ( z - zn-1 )( z - zn ) ここで g(z) は次のように少なくても二通りの方法で展開できる. g(z) = ( zn-1 - α1zn-2 + α2zn-3 - … + (-1)n-2αn-2z + (-1)n-1αn-1 )( z - zn ) = zn - ( α1 + zn )zn-1 + ( α2 + α1zn )zn-2 - … + (-1)n-1( αn-1 + αn-2zn )z + (-1)nαn-1zn (3-1-1) g(z) = zn - β1zn-1 + … + (-1)n-1βn-1z + (-1)nβn (3-1-2) 3-1-1 と 3-1-2 から次の恒等式たちを得る α1 = β1 - zn (3-1-3-1) α2 = β2 - α1zn = β2 - β1zn + zn2 (3-1-3-2) … … … αn-2 = βn-2 - βn-3zn + … + (-1)n-3β1znn-3 + (-1)n-2znn-2 (3-1-3-(n-2)) αn-1 = βn-1 - βn-2zn + … + (-1)n-2β1znn-2 + (-1)n-1znn-1 (3-1-3-(n-1)) znn = β1znn-1 - β2znn-2 + … + (-1)n-2βn-1zn + (-1)n-1βn (3-1-4) さて, ここで z1, z2, …, zn の任意の対称式を f( z1, z2, …, zn ) としよう. ( この式を f と略記しても良いとする.) f はまた, f( z1, z2, …, zn-1, zn ) = f( z1, z2, …, zn-1, β1 - z1 - z2 - … - zn-1 ) とすることによって n-1 文字の対称式であるとも考えられる. ゆえに, n-1 文字の場合について定理が真であるとの仮定から, (f-1) f は α1, α2, …, αn-1, β1 の有理式となる. ところが 3-1-3-1 から 3-1-3-(n-1) によって (f-2) f は β1, β2, …, βn-1, βn と zn の有理式となる. さらに 3-1-4 から (f-3) f は zn の n-1 次以下の式となる. そこで β1, β2, …, βn の適当な有理式たちを γ0, γ1, …, γn-1 として, f( z1, z2, …, zn ) = γ0znn-1 + γ1znn-2 + … + γn-2zn + γn-1 (3-5) となると考えて良い. この式は n-1 次式であるが zn を z1, z2, …, zn の n 個の文字のどれと置き換えても成立しなければならない. すなわち n-1 次式が n 個の文字を根に持っていると見なして良い. ゆえに次に証明する補助定理3-2により (f-4) f は zn の異なる次数の項ごとに全ての係数が恒等的に零でなければならない. ∴ f( z1, z2, …, zn ) = γn-1 ゆえに定理は n-1 で真ならば n でも真である. ゆえに (1), (2), (3) から, 任意の n について定理は真である. (証明終り) (「対称式の基本定理」は1762年に Edward Waring (1734-1798) によって証明された. ただし,上記の証明は筆者の拙い自己流であってウェアリングの証明の復元ではない.) [補助定理3-2] ”零因子を持たない任意の体を K とする. K[z] の適当な n 次式 f(z) が 異なる n+1 個の根を持てば, f(z) の全ての係数は恒等的に零である." [証明] 次数 n についての帰納法で証明する. (1) n = 1 のとき f(z) = a0z + a1, a0, a1 ∈ K とする. f(z) の異なる二個の根たちを z1, z2 とする. 仮定から, z1 ≠ z2 (3-2-1) a0z1 + a1 = 0, (3-2-2) a0z2 + a1 = 0 (3-2-3) 3-2-2, 3-2-3 を差し引けば, a0( z1 - z2 ) = 0 ところが K には零因子が無いことから, a0 = 0 ∴ a1 = 0 ゆえに n = 1 で定理は真である. (2) n-1 で定理が真であると仮定して, n でも真であることを示そう. n+1 個の異なる根たちを z1, z2, …,zn+1 とし, これらを根たちに持つ n 次式を f(z) とする. 多項式環 K[z] 上で, 適当な多項式たちを q(z), r(z) として f(z) = ( z - z1 )q(z) + r(z) と置いて見ることができる.このとき, deg q(z) = n-1, r(z) = 定数 または r(z) = o 上式の z に z1 を代入した多項式関数を作れば, r(z1) = 0 ∴ r(z) = o ∴ z - z1 | f(z) ここで, z - zt ( t = 2, 3, …, n+1 ) とすれば, 仮定から z - zt | f(z), ( z - z1, z - zt ) = 1 ∴ z - zt | q(z) ところが q(z) は n-1 次式なのに, q(z) を割り切る z - zt は n 個ある. ゆえに q(z) には異なる根が n 個あるとも云える. ゆえに n-1 で定理が真であることから q(z) の全ての係数は恒等的に零である. ゆえに f(z) の全ての係数も恒等的に零である. ゆえに (1), (2) から任意の n について定理は真である. (証明終り) [補助定理4] ”a, b を自然数, 1 ≦ a ≦ n, 1 ≦ b ≦ n, a ≠ b, {[a,b],[b,a]} = {[b,a],[a,b]} として, 全ての異なる数対対 {[a,b],[b,a]} の集合 M を定義する. 以下が成り立つ. (1) M には丁度 n(n-1)/2 個の要素たちが存在し,全てが異なる. (2) M は n 文字の対称群 Sn の任意の置換で不変である.” [証明] (1') 1 ≦ a ≦ n, 1 ≦ b ≦ n, [a,b]' ≠ [b,a]' という条件で全ての異なる数対 [a,b]' の集合 L' を定義すれば, #L' = n2 (2') 1 ≦ a ≦ n, 1 ≦ b ≦ n, a ≠ b,[a,b] ≠ [b,a] という条件で全ての異なる数対 [a,b] の集合 L を定義すれば, #L = #L' - n = n2 - n = n(n-1) ゆえに, (3') 1 ≦ a ≦ n, 1 ≦ b ≦ n, a ≠ b,{[a,b],[b,a]} = {[b,a],[a,b]} という条件で全ての異なる数対対 {[a,b],[b,a]} の集合 M を定義すれば, #M = #L/2 = n(n-1)/2 ゆえに, ”(1) M には丁度 n(n-1)/2 個の要素たちが存在し,全てが異なる.” は真である. さて,次に 2 ≦ i ≦ n であるような任意の i を取り, 2 ≦ k ≦ n, k ≠ i であるような任意の k を取れば, {[1,i],[i,1]}, {[1,k],[k,1]}, {[i,k],[k,i]} は互換 (1,i) で不変である. ゆえに M の全体で互換 (1,i) に対し不変である. この事実を以後, (1,i)M = M で表して良いとする. ∴ (1,i)(1,j)(1,i)M = (i,j)M = M すなわち M は任意の互換 (i,j) で不変である. 一方, n 次の対称群 Sn の任意の置換は適当な互換の積で表される. ゆえに ”(2) M は n 文字の対称群 Sn の任意の置換で不変である.” は真である. (証明終り) [補助定理5] ”f(z) を C[z] の任意の n 次式とし, f(z) の係数を共役複素数で置き換えた式を fc(z) とすれば, f(z)fc(z) は R[z] の 2n 次式である.” [証明] ( 念のため α,β を複素数として ( α + β )c = αc + βc, ( αβ )c = αcβc, ( αn )c = ( αc )n ( αc )c = α α + αc ∈ R ααc ∈ R となることを掲げておく.証明は自明なので省略.) 適当な複素数を γn, γn-1, …, γ1, γ0 として, f(z) = γnzn + γn-1zn-1 + … + γ1z + γ0 fc(z) = γnczn + γn-1czn-1 + … + γ1cz + γ0c とすれば, f(z)fc(z) = ∑(s≠t)( γsγtc + γscγt )zs+t + ∑(s=t)γsγtczs+t となる. ところが, γsγtc + γscγt = γsγtc + ( γsγtc )c ∈ R, (s=t) γsγtc = γsγsc ∈ R ∴ f(z)fc(z) ∈ R(z) deg f(z)fc(z) = deg f(z) + deg fc(z) = n + n = 2n (証明終り) [補助定理6] 適当な C[z] の多項式たちを α(z),β(z),γ(z) として, γ(z) = α(z)β(z) であるならば, γc(z) = αc(z)βc(z) となる. [証明] deg γ(z) = n, ∃ c0, c1, …, cn ∈ C γ(z) = c0zn + c1zn-1 + … + cn-1z + cn deg α(z) = m, ∃ a0, a1, …, cm ∈ C α(z) = a0zm + a1zm-1 + … + am-1z + am deg β(z) = ℓ, ∃ b0, b1, …, bℓ ∈ C β(z) = b0zℓ + b1zℓ-1 + … + bℓ-1z + bℓ n = m + ℓ であると仮定する. ならば, r, s, t を適当な自然数として, cr = ∑(r=s+t)asbt, ( r = 0, 1, 2, …, n ) γc(z) = c0czn + c1czn-1 + … + cn-1cz + cnc αc(z) = a0czm + a1czm-1 + … + am-1cz + amc βc(z) = b0czℓ + b1czℓ-1 + … + bℓ-1cz + bℓc として良い. ところが, ( ∑(r=s+t)asbt )c = ∑(r=s+t)ascbtc, ( r = 0, 1, 2, …, n ) ∴ crc = ∑(r=s+t)ascbtc ∴ γc(z) = αc(z)βc(z) (証明終り) §§4.証明の主部. §1.P ⇒ S の証明. [命題 P] ”(P-1) f(z) は R[z] の任意の n 次式である. (P-2) 適当な C[z] の一次式 z - σ が存在して, z - σ | f(z) となる. (P-3) K = C である.” が真であると仮定すれば, [命題 S] ”(S-1) f(z) は R[z] の任意の n 次式である. (S-2) 適当な零因子の無い R の拡大体 K が存在する. (S-3) 適当な K[z] の n 個の一次式 z - τ1, z - τ2, …, z - τn が存在して, f(z) = ( z - τ1 )( z - τ2 ) … ( z - τn ) と因数分解できる.” が真となる. [証明] (P-1) と (S-1) は同じ命題である. ゆえに (P-1) が真であれば (S-1) も真となる. 次に, ”(P-2) 適当な C[z] の一次式 z - σ が存在して, z - σ | f(z) となる.” が真であると仮定する. σ について適当な実数を a, b として, σ = a + bi, ∃ a,b ∈ R とする. (1) b = 0 のとき, z - σ は R[z] の一次式となる. ゆえに,適当な q(z) を R[z] の式として, f(z) = ( z - σ )q(z), deg q(z) = n - 1, ∃ q(z) ∈ R[z] が成り立つ. (2) b ≠ 0 とき, 補助定理1から ( z - σ )( z - σc ) | f(z), ( z - σ )( z - σc ) は R[z] の既約二次式である. が成り立つ. ゆえに,適当な q(z) を R[z] の式として, f(z) = ( z - σ )( z - σc )q(z), deg q(z) = n - 2, ∃ q(z) ∈ R[z] が成り立つ. (3) (1),(2) のいずれにおいても, deg q(z) ≧ 1 ならば q(z) ∈ R[z] から 再度 (P-1),(P-2) を適用して良い. これを繰り返すことで, ∃ z - σ1, z - σ2, …, z - σn ∈ C[z], f(z) = ( z - σ1 )( z - σ2 ) … ( z - σn ) が成り立つ. ここで ”(P-3) K = C ” を真として, ∃ z - τ1, z - τ2, …, z - τn ∈ K[z], z - τ1 = z - σ1, z - τ2 = z - σ2, … … … z - τn = z - σn と考えれば, ”(S-1) f(z) は R[z] の任意の n 次式である. (S-2) 適当な零因子の無い R の拡大体 K が存在する. (S-3) 適当な K[z] の n 個の一次式 z - τ1, z - τ2, …, z - τn が存在して, f(z) = ( z - τ1 )( z - τ2 ) … ( z - τn ) と因数分解できる.” が真となる. (証明終り) §2.S ⇒ P の証明. [命題 S] ”(S-1) f(z) は R[z] の任意の n 次式である. (S-2) 適当な零因子の無い R の拡大体 K が存在する. (S-3) 適当な K[z] の n 個の一次式 z - τ1, z - τ2, …, z - τn が存在して, f(z) = ( z - τ1 )( z - τ2 ) … ( z - τn ) と因数分解できる.” が真であると仮定すれば, [命題 P] ”(P-1) f(z) は R[z] の任意の n 次式である. (P-2) 適当な C[z] の一次式 z - σ が存在して, z - σ | f(z) となる. (P-3) K = C である.” が真となる. [証明] 適当な実数 t を選んで,次のような K[z] 上の多項式 g(z,a,b,t) を定義する. ∀ t ∈ R, 1 ≦ a ≦ n, 1 ≦ b ≦ n, a ≠ b, a < b, g(z,a,b,t) = z - ( τa + τb )t + ( τa - τb )2, さらに g(z,a,b,t) の異なるものを全て乗じた多項式を G(z,t) とする. すなわち, G(z,t) = ∏(a<b)g(z,a,b,t) ところが, 添え字 a, b の互換を (a,b) とすれば, (a,b)g(z,a,b,t) = z - ( τb + τa )t + ( τb - τa )2 = z - ( τa + τb )t + ( τa - τb )2 = g(z,a,b,t) ゆえに G(z,t)に属する g(z,a,b,t) は 補助定理4 の集合 M の要素たちと一対一に対応する. ∴ deg G(z,t) = n(n-1)/2, 同時に G(z,t) は τ1, τ2, …, τn に関し Sn の任意の置換で不変である. ∴ 補助定理3-1から G(z,t) の係数は f(z) と同じ数体 R 上にある. ∴ G(z,t) ∈ R[z] 一般に適当な指数を m, 適当な奇数を h として, deg f(z) = n = 2mh と表せる. m についての帰納法で (P-2) が真であることを以下で示そう. (1) m = 0 の場合. f(z) は奇数次となるので補助定理2から (P-2) は真である. 少し補足しておく. f - σ | f(z), σ ∈ R から f(σ) = 0 という多項式関数が作れる. このとき同時に, ( σ - τ1 )( σ - τ2 ) … ( σ - τn ) = 0 でなければならないと考える. K が R の拡大体であるなら, K ⊃ R ∴ σ - τ1, σ - τ2, …, σ - τn ∈ K しかも仮定により K に零因子がなければ 1, 2, …, n の内に適当な番号 s が少なくても一つは存在して, σ - τs = 0 ∴ τs = σ ∴ τs ∈ C (2) m-1 ( m-1 ≧ 0 ) の場合に (P-2) が真であることが既に示されたと仮定して m においても (P-2) が真であることを示そう. deg G(z,t) = n(n-1)/2 = 2mh( 2m - 1 )/2 = 2m-1h' ( h'は適当な奇数 ) ゆえに帰納法の仮定から G(z,t) は C 上可約である. ところが g(z,a,b,t) の異なるものは n(n-1)/2 個であるのに対し t は無限通りで異なる値が選べる. ゆえに適当な複素数 z1, z2, 適当な実数 t1, t2, 適当な K 上の数 τa, τb に関して, g(z1,a,b,t1) = z1 - ( τa + τb )t1 + ( τa - τb )2 = 0, g(z2,a,b,t2) = z2 - ( τa + τb )t2 + ( τa - τb )2 = 0, t1 ≠ t2 となると考えられる. ∴ τa + τb = ( z1 - z2 )/( t1 - t2 ) ∈ C ∴ τa - τb ∈ C ∴ τa, τb ∈ C ゆえに (P-2) は m-1 で真であれば m でも真である. ゆえに (1), (2) から任意の m について (P-2) は真である. f(z) が C 上可約であれば, 補助定理1から f(z) は R 上可約であるとも云える. ゆえに f(z) を適当な R(z) の一次式かニ次式で一回以上割った商の多項式を q(z) とすれば deg q(z) < deg f(z), q(z) ∈ R[z] となるので deg q(z) ≧ 1 ならば (S-1),(S-2),(S-3) を真であると仮定して (P-2) が真であるが成り立つ. これを繰り返すことで, τ1, τ2, …, τn ∈ C が成り立つ. ∴ K = C ゆえに, [命題 P] ”(P-1) f(z) は R[z] の任意の n 次式である. (P-2) 適当な C[z] の一次式 z - σ が存在して, z - σ | f(z) となる. (P-3) K = C である.” が真となる. (証明終り) [注記] 上の証明で m-1 で (P-2) が真であれば m でも真であるを導く途中で, t を任意の実数,σ を適当な複素数として, G(σ,t) = 0 ⇒ ∃ g(σ,a,b,t) = 0 を根拠としている. 少なくても,この論法が正しいと云えるのは, K は零因子の無い R の拡大体,かつ (1) K ⊃ C (2) C ⊃ K (3) K = C のいずれかの場合である. あるいは K が零因子の無い R の拡大体で,かつ,任意の要素の平方根を含めば良い. なぜなら, K ⊃ R g(σ,a,b,t) + g(σc,a,b,t) ∈ K g(σ,a,b,t)g(σc,a,b,t) ∈ K ∴ ( g(σ,a,b,t) - g(σc,a,b,t) )2 ∈ K ∀ k ∈ K ⇒ √k ∈ K ∴ g(σ,a,b,t) - g(σc,a,b,t) ∈ K ∴ g(σ,a,b,t), g(σc,a,b,t) ∈ K この結果 G(σ,t) = ∏(a<b)g(σ,a,b,t) = 0 なる多項式関数において K 上の n(n-1)/2 個の数の積が 0 であると考えて良い. さらに仮定から K には零因子が無いのだから,少なくとも一つは, g(σ,a,b,t) = 0 であるが成り立つ. ここでは仮に K の様な数体を「平方根体」と呼んでおく. この定義に従えば,有理数体は平方根体で無く,複素数体は平方根体である. また正の実数の和積商で閉じた集合も平方根擬似環である. (通常の環は例えば整数環や多項式環のように和差積で閉じている.しかしながら, ここでは和積商で閉じているとしておかねばならない,ゆえに擬似環とした.) さらに K が少なくとも和差積商で閉じていて,結果的に負の数も含めた任意の実数とその平方根を含む場合となれば K は C の拡大体でなければならない. 結局,上記の証明で K ⊃ C ( K ≠ C ) かつ( K は零因子を持たない ) ような数体 K が稀に存在したと仮定しても ”R[z] 上の任意の n 次式 f(z) は常に C[z] の n 個の一次式だけで分解される. C[z] を越える K[z] の一次式は一つもこの分解に含まれるものが無い.” とだけは云い得たことになる. 結局 (S-2) を ”(S-2)' 適当な零因子の無い R の拡大体で任意の要素の平方根を含む数体 K が存在する.” と置き換え,証明中に上の注記で述べた論法を補足すれば,より良くなると思える. さらに述べれば C は単に平方根体であるだけでなく冪根体でもあることになる. 任意の C の要素 z を極座標形式で rεiθ とすれば,その n 乗根(冪根)znt は z = rεiθ = r( cosθ + isinθ ) znt = r1/nεi(θ/n+2πt/n) = r1/n( cos( θ/n + 2πt/n ) + isin( θ/n + 2πt/n ) ), zntn = z, ( t = 0, 1, 2, …, n-1 ) ∴ ∀ z ∈ C ⇒ ∃ znt ∈ C となることによる. 有理数体 R に i = √-1 ただ一つを添加するだけでこんなにも多芸な複素数体 C に変貌するのである. ”R は弱し,されど, i に目覚めたる C は強し!! (^_-)-☆ ” §3.「代数学の基本定理」の証明. ”f(z) を C[z] の任意の n 次式とすれば,適当な C[z] の n 個の一次式で因数分解できる.” [証明] 補助定理5から, f(z)fc(z) ∈ R[z], deg f(z)fc(z) = 2n が成り立つ. ゆえに, 既に証明したように P ⇔ S が成立する. ゆえに, C[z] の適当な 2n 個の一次式たち,z - σ1, z - σ2, …, z - σ2n が存在して, f(z)fc(z) = ( z - σ1 )( z - σ2 ) … ( z - σ2n ) が成り立つ. さて,適当な C[z] の多項式たちを q1t(z), q2t(z), r1t(z), r2t(z) として, f(z) = ( z - σt )q1t(z) + r1t(z), deg q1t(z) = n-1, deg r1t(z) = 0 ∨ r1t(z) = o, fc(z) = ( z - σt )q2t(z) + r2t(z), deg q2t(z) = n-1, deg r2t(z) = 0 ∨ r2t(z) = o, ( t = 1, 2, …, 2n ) と置くことができる. すると, f(z)fc(z) = ( z - σt )2q1t(z)q2t(z) + ( z - σt )( q1t(z)r2t(z) + q2t(z)r1t(z) ) + r1t(z)r2t(z) ∧ z - σt | f(z)fc(z) ∴ z - σt | r1t(z)r2t(z) ∴ r1t(z)r2t(z) = o ∴ r1t(z) = o ∨ r2t(z) = o ∴ z - σt | f(z) ∨ z - σt | fc(z) そこで, z - σt | f(z) であったと仮定すれば,補助定理6から z - σtc | fc(z) さて既に示したように, f(z)fc(z) = ( z - σ1 )( z - σ2 ) … ( z - σ2n ) から,この両辺を z - σt ( t = 1, 2, …, 2n ) で順に割っていくことを考えれば,左右のどちらか一方が早めに尽きれば矛盾となる. なぜなら次数の異なる式が多項式環 C[z] 上の等式とは成り得ないから. ∴ ∃ z - σ1, z - σ2, …, z - σn ∈ C[z], f(z) = ( z - σ1 )( z - σ2 ) …( z - σn ) ∧ fc(z) = ( z - σ1c )( z - σ2c ) …( z - σnc ) ゆえに定理は正しい. (証明終り) §§5.検討. いわゆる「コーシーの証明」(1821年 ?)に良いところがあるとすれば, ”∀ f(z) ∈ R[z], deg f(z) = n ”⇒ P ⇒ S となるところである. すなわち P よりは広い一般的な前提から P そのものを証明し S が導けるというところにあると云えよう. しかしながら S を前提として逆を導くのが困難であると思える. 逆が云えないとなると z - σ1, z - σ2, …, z - σn ∈ C[z] f(z) = ( z - σ1 )( z - σ2 ) … ( z - σn ) と分解できることは良いとしても, C' ≠ C であるような擬似的な数体 C' が存在して, z - σ1', z - σ2', …, z - σn' ∈ C'[z], f(z) = ( z - σ1' )( z - σ2' ) … ( z - σn' ) となるかも知れないという疑いに関しては否定も肯定もできないという弱みがある. この弱みの克服とも云える「ガウスの第2証明」(1815年)なるものは本稿の S ⇒ P の証明に相当する. 歴史的には「ガウスの第2証明」の方が先に成されていて「コーシーの証明」はその後になっている. 両者が互いに他の逆の証明に相当していることは興味深い. コーシーがフランスのガウスと呼ばれるのも肯けることである. しかしながら,証明の内容を別の観点から眺め直すという意味で微積分を用いる場合は問題がないとしても, 「コーシーの証明」のように証明自身の中で微積分を用いていることに問題が無くはない. 例えばより基本的な有理関数の微積分の解法を例に取れば, f(z) =( z - σ1 )( z - σ2 ) …( z - σn ) であったとして, 1/f(z) = c1/( z - σ1 ) + c2/( z - σ2 ) + … + cn/( z - σn ) というような部分分数展開を用いるが, そのためには分母 f(z) の因数分解が必要となる. これは「代数学の基本定理」を暗に前提としなければならない. 従って余ほど巧妙な方法でない限り微積分の応用による証明から「循環論法」を避けることは困難であると思える. いずれにせよ微積分という分野に入るより前に「代数学の基本定理」が証明されてあるに越したことはない. 本稿を終えるに当たって感じることは「ウェアリングの結果」こそが,いわゆる「ガロアの理論」も含めた代数系全体 の「基本定理」なのではないのかということである. 私はウェアリングに敬意を表して,これを「ウェアリングの定理」か,あるいは「ウェアリングの原理」と呼ぶべき ではないのだろうかとも思う. ( とは云え,コーシーの証明が z-σ|f(z) を仮定ではなく肯定的に示し得たのだということも忘れてはなるまい.) 解き終えて 今や暫しの 高枕 (筆者) (2006/12/24)