代数学の基本定理の説明と証明

    

 ( まえおき と おことわり )

 本稿はもともと「 円分多項式の既約性の証明 」の補足であったが, これ自身が主題としての性質を強く持つと考え

ここに独立した章とした.とは言え, それほど厳密なものではなく, あくまでも数学ネタのお話のつもりである.

 初めの数節では説明的な曖昧さで述べている, 後の節では少し, まともな証明に近いものとなっている.

 本当にこの方面の研究をされておられる方には是非, 専門の数学書を熟読, 研究されることをお薦めする.


§1. 代数学の基本定理の簡易な説明.


  本節の内容は証明と呼べるほど厳密なものではないと考えて, あえて説明とした.

  厳密な証明はガウスを研究するか, 比較的簡単で正しい証明なら複素関数の解析学の応用問題としてリュービルの

定理やコーシーの定理によるものなどがあるらしい.

  しかし, 初等的な段階の人( 私も含む )には難しすぎるかも知れない.

  それで, 中学生の方でも理解できる簡単な説明も悪くないと思い以下にそれを述べる.
 
  以下で扱う n 次方程式を次のように統一して定義しておく.

  an ≠ 0, an-1, …, a1, a0 を実数の係数.

  z を複素数の変数.

  x, y を実部と虚部の実数として z = x + yi, i = √-1

  f(z) を z を変数とする実数係数の n 次の代数関数.
 
  w =o= f(z) =o= anzn + an-1zn-1 + … + a1z + a0 =i= 0      (1-1)

  1-1 を実数係数の一般 n 次方程式と呼ぶことにする.

  以下が成り立つ.


 [定理1-1]

 実数係数の一般 2 次方程式は複素数の範囲内で丁度 2 個の根を持つ.

 (ここでは重根は 2 個と勘定する.)


 [証明]

 与えられた実数係数の一般 2 次方程式を以下のように定義する.

 (それぞれの記号の意味はすでに冒頭で統一して定義したものに準ずる.)

 w =o= f(z) =o= a2z2 + a1z + a0 =i= 0, a2 ≠ 0
 
  これは次のように変形できる.

  4a2f(z) =o= ( 2a2z + a1 )2 - a12 + 4a2a0
     
           =o= ( 2a2z + a1 )2 - ( a12 - 4a2a0 )


  ここで,

 D =o= a12 - 4a2a0 

として, D を判別式という.

 すると,

 4a2f(z) =o= ( 2a2z + a1 )2 - D

  さらに平方根を使って, ( 平方根の部分をここでは活字の都合で [ ] で表しておけば, )

  4a2f(z) =o= ( 2a2z + a1 - √D )( 2a2z + a1 + √D )

  ここで, 

  f(z) =i= 0

が成り立つと仮定すると,

  ( 2a2z + a1 - √D )( 2a2z + a1 + √D ) =i= 0
 
  ここで 2 個の数の積が 0 であればどちらか一方が必ず 0 であるが成立すると仮定する.

 ( 複素数体の部分体の数である限りそれは保証されていて, 因数定理と呼ばれている.)

 2a2z + a1 - √D = 0  または  2a2z + a1 + √D = 0    
 
  ∴ z = ( -a1 + √D )/(2a2)  または  z = ( -a1 - √D )/(2a2) 

  ここで 2 根を z1, z2 とし, 判別式 D の部分もきちんと表示すると,

  z1 = ( -a1 + [a12 - 4a2a0] )/(2a2),  z2 = ( -a1 - [a12 - 4a2a0] )/(2a2)

  最後に判別式 D の部分を吟味する.

 a2, a1, a0 が実数であるので D も実数である.

 そこで α を実数とし,  

  α = -a1/(2a2),

とし, D を次の三種類の場合に分けて考える.

  (1) D = a12 - 4a2a0 > 0 のとき,

  √D/(2a2) = β, β は実数, β > 0

となるように β が取れる.

  すると,

 z1 = α + β, z2 = α - β     

  ここでは z1 と z2 は 2 個の異なる実根となる.


  (2) D = a12 - 4a2a0 = 0 のとき,

  √D/(2a2) = β, β は実数, β = 0

となるように β が取れる.

  すると,

 z1 = α, z2 = α     

  ∴ z1 = z2

  ここでは z1 と z2 は 2 個の重根となる.


  (3) D = a12 - 4a2a0 < 0 のとき,

  √D/(2a2) = βi, i = √-1, β は実数, β > 0

となるように β が取れる.

  すると,

  z1 = α + βi, z2 = α - βi   

  ここでは z1 と z2 は 2 個の共役複素数の根となる. 

  判別式 D は実数であるために上の三つの場合のどれか一つを必ず取る.

  こうして, 実数係数の一般 2 次方程式は複素数の範囲内で丁度 2 個の根たちを持つことが云える.

 (証明終り)
 

  [定理1-2]

  実数係数の一般 n 次方程式

  f(z) =o= anzn + an-1zn-1 + … + a1z + a0 =i= 0      (8-1)

が, 複素数 ρ を根に持てば, ρ の共役複素数 ρc をも根に持つ.

 [証明]

  証明に先立って以下のことが予め分っていると仮定する.

  a を実数, α, β を複素数たちとして,

  (1) ac = a

 (2) ( α + β )c = αc + βc
 
 (3) ( αβ )c = αcβc

  (4) ( αn )c = ( αc )n  ( n は自然数 )   

 ( この証明は簡単なので省略.(1) は自明.(2), (3) は a1, a2, b1, b2 たちを実数,

 α = a1 + a2i, β = b1 + b2i とし左辺と右辺を計算.左右の一致を云え.

 (4) は (3) で α を αn-1, β を α と見立てて帰納法を応用.)

 
  与えられた f(z) が与えられた複素数 ρ を根に持つ場合には,

  anρn + an-1ρn-1 + … + a1ρ + a0 = 0

が成り立っている.

 ∴ ( anρn + an-1ρn-1 + … + a1ρ + a0 )c = 0

  (2) から

  ( anρn )c + ( an-1ρn-1 )c + … + ( a1ρ )c + ( a0 )c = 0

  (3) から

  ( an )c( ρn )c + ( an-1 )c( ρn-1 )c + … + ( a1 )cρc + ( a0 )c = 0


  係数の部分には (1) を ρ の冪には (4) を用いて,

  an( ρc )n + an-1( ρc )n-1 + … + a1ρc + a0 = 0

 この式は与式が ρ の共役複素数 ρc を根に持っていることを意味している.

 (証明終り)

  [別証明]

  u(x,y) を実部, v(x,y) を虚部として,

  f(z) = f(x+iy) =  u(x,y) + iv(x,y)

と考えて良い.

 u(x,y) は y に関しては y の偶数次の項だけで出来ている.

 v(x,y) は y に関しては y の奇数次の項だけで出来ていて, しかも y で割り切れる.

 従って, 新たに vc(x,y) を使って

  v(x,y) = yvc(x,y)

と出来る.

 すなわち, 任意の複素数 z = x + iy について,

 u(x,y) = u(x,-y), vc(x,y) = vc(x,-y)

 ∴ f(z) = f(x+iy) = 0, y ≠ 0   ⇒   u(x,y) = vc(x,y) = 0

  ∴ u(x,-y) = vc(x,-y) = 0

  ∴  f(x+iy) = 0  ⇒  f(x-iy) = 0

 (証明終り)

  この別証明で使った原理は一般に f(z) の零点以外のところにも拡張できる.

 すなわち

 f(z) = f(x+iy) = u + iv  ⇒ f(zc) = f(x-iy) = u - iv

が成立する.あるいは,

 u = ( f(z) + f(zc) )/2,  v = ( f(z) - f(zc) )/(2i)


 代数学の基本定理

 「 実数係数の一般 n 次方程式は複素数の範囲内で丁度 n 個の根を持つ. 」

が真であることを前提とするか, または
 
 「 実数係数の一般 n 次方程式は代数的数体( 複素数体の部分体 )を超越する根を持たない.」

が真であることを前提とすれば,

 定理1-2から,


  [定理1-3]

  実数係数の既約多項式は一次式か二次式に限られる.

 ( [証明]

  ρ ≠ ρc の場合だけをしかも細部を省略して証明しておく

  定理1-2から,

 z - ρ|f(z)  かつ  z - ρc|f(z)

  ∴ ( z - ρ )( z - ρc )|f(z)

  ( z - ρ )( z - ρc ) = z2 + ( -ρ - ρc )z + ρρc 

  -ρ - ρc, ρρc ∈ R   // )
 

 代数学の基本定理の簡易な証明( むしろ説明 )に先立って,

  ここでズブの初心者の方(おっと失礼)には次のような簡易公理1を仮に認めてもらうことにします.


 [簡易公理1]

 実数係数の一般 n 次方程式は定数項が変化しても, 複素数の根を認めるならば根の個数に変化はない.


 これを前提とすれば代数学の基本定理があっけなく, いとも簡単に証明できる.

 [簡易公理1に基づく代数学の基本定理の証明]


  w =o= f(z) =o= anzn + an-1zn-1 + … + a1z + a0 =i= 0      (8-1)
 
  以下の議論では, f(z) が γ という根を持つという事実と

  z-γ|f(z) ( 記号 z-γ|f(z) で z-γ が f(z) を割り切ることを表す.)

を同じ意味で扱えるとする.(これは普通は自然に承認されている.)  

  ここで任意の実数を γ として f(z) の z に代入すると, ( γ は 0 でも構わない.)

  f(γ) =i= anγn + an-1γn-1 + … + a1γ + a0 

は実数となる.( 特に f(0) =i= a0 )

  そこで,

  f(z) - f(γ) =o= an( zn - γn ) + an-1( zn-1 - γn-1 ) + … + a1( z - γ )

  ここで,

  z-γ|(zt - γt)   ( t = n, n-1, …, 1 )  

  そうすると, 実数係数の適当な多項式 g(z) によって,

  f(z) - f(γ) =o= ( z - γ )g(z),  deg g(z) = n-1

とできる.( deg g(z) = n-1 で g(z) が n-1 次式であることを表している.)

  定理は n-1 次までは証明が完了していると仮定する.

  つまり n-1 次式までの一般方程式は複素数係数の n-1 個の一次式に分解できることが云えているとする.

  そうすると,

  f(z) - f(γ) は 変数 z の n 次式であって, しかも複素数係数の n 個の一次因数で分解されている.

  ところが, 

  f(z) も 変数 z の n 次式であって, しかも f(z) - f(γ) とその定数項が f(γ) しか違っていない.

  すると簡易公理1から f(z) もまた複素数係数の n 個の一次因数に分解できると云える.

  すでに我々は 2 次の場合の証明を持っている.

  ゆえに, 帰納法によりいかなる n 次においても代数学の基本定理の正しいことが示されている.

 (証明終り)


  ここで簡易公理1では納得できないという人のためには次のような近似的でもう少し具体的な考えがある.

 ( むしろ立体的というべきかも知れないが )


  ここで少し前置きが必要.  


  [複素放物線論]


  前述の 2 次式で,

  f(z) =o= a2z2 + a1z + a0 =i= 0, z =o= x + yi

の式には, 普通では学校で習わないもう一つの放物線がある. 
 
  w を複素数, u, v を実数として,

  w =o= f(z), w =o= u + vi

と定義する.

  f(z) =o= a2( x + yi )2 + a1( x + yi ) + a0

       =o= a2( x2 + 2xyi - y2 ) + a1( x + yi ) + a0
 
       =o= ( a2x2 + a1x + a0 - a2y2 ) + y( 2a2x + a1 )i

  ∴ u =o= a2x2 + a1x + a0 - a2y2, 

     v =o= y( 2a2x + a1 )

  f(z) =i= 0  ⇒  u + vi =i= 0  

  ∴ u = 0  かつ  v = 0

  v =o= y( 2a2x + a1 ) =i= 0 から次の二通りの場合が考えられる.

  (1) y = 0 のとき,

  y = 0 を u に代入して右辺を 0 とすれば,

  u = a2x2 + a1x + a0 = 0

となる. 

 この場合は定理 8-1 で見たように x が 2 実根か 2 重根になる場合と考えて良い.

 ゆえに D を判別式とすれば,

 D = a12 - 4a2a0 ≧ 0

となっていると考えて良い.

  ここで新たに w1 を,

 w1 =o= a2x2 + a1x + a0

とし, この放物線を顕在放物線と名付ける. 


  (2) 2a2x + a1 = 0 のとき,

  ここで,

  x = -a1/(2a2)

を u に代入すれば,

  u = a2x2 + a1x + a0 - a2y2

    = a2( x2 + a1/a2x + a0/a2 ) - a2y2

    = -a2y2 + a2{(-a1/2a2)2 + (a1/a2)(-a1/2a2) + a0/a2}

    = -a2y2 + a2( -a12 + 4a2a0 ) /(4a22) 

    = 0

  ここで新たに w2 を,

  w2 =o= -a2y2 + ( -a12 + 4a2a0 )/(4a2) 

とし, これを潜在放物線と名付ける.

  また, 以前のように D を判別式として,

  D = a12 - 4a2a0

  さらに, y ≠ 0 とすると, z = x + yi は複素数の根となるので,

  D < 0

  ここで, βを実数として,

  -D/(4a22) = β2, β > 0

となるように取れる.すると,

  w2 =o= -a2y2 - D/(4a2) 

と表しても良い.これは,

  w2 =i= 0  ⇒  y1 = β, y2 = -β

の 2 根を持っている.  ここで, 

  α = -a1/(2a2)
      
とすることで,

  z1 = α + βi, z2 = α - βi

の 2 根が f(z) の共役複素数の根となる.



  少し余談になるが,

 z が実根とならない場合( y ≠ 0 )を前提とすれば, ユークリッドの算法に基づいて以下のことが云える.

 一般の 2 次式では,

  u(x,y) =o= a2x2 + a1x + a0 - a2y2, 

  v(x,y)/y =o= ( 2a2x + a1 )

となる.

  すると u よりも v/y の方が次数が低くなる.( このことは 2 次式以上の場合でも成立する.) 

  それで u と v/y の間でユークリッドの算法を施した最後の剰余多項式を c(x,y) とすれば,

  2 次式の場合では,

  c(x,y)/a2 = -y2 - D/(4a22), -D > 0

となる. 

 ここから,

  v(x,y)/y = 0 かつ  c(x,y) = 0  ⇒  u(x,y) = 0

と出来る.

  一般の n 次式の場合については, c(x,y) の直前の剰余多項式を C(x,y) とすれば,

 C(x,y) = 0  かつ  c(x,y) = 0  となるように  x と y を定めることが出来るなら,

  u(x,y) = 0  かつ  v(x,y) = 0  となるが云えるので,

 C(x,y) = 0 と c(x,y) = 0 を x, y についての連立方程式と見て解けば良い.

 そして,

 C(x,y) は n-1 次以下の式で, 一般には x と y の二変数の多項式となる. 

 c(x,y) は n が偶数次であると y2 = Y として, x を含まない Y の n/2 次式以下となる.

  ( すなわち, もはや帰納法的に可解である.!! )  

 ( ここからも, 基本定理の証明はやれそうだが, 二変数の高次式の一般論から云うのは実は容易くない.)


 ( 余談はこの位にして, 身近な元の話題に戻ろう.)


  さて, ここで f(z) のグラフを描いてみよう.
 
  グラフ用紙の中央付近に原点を取る.

  このとき,画面の左を西, 右を東として原点を通って西から東に増加するように x 軸を定義する.

  画面の表を南, 裏を北として原点を通って南から北に増加するように y 軸を定義する.
 
  原点を通って下から上に増加するように w 軸を定義する.

  このとき先に定義した顕在放物線 w1 は xw 画面にあり, 

 潜在放物線 w2 は yw 画面に平行で x =i= α を含む平面にある.

  しかも w2 は y の一次の項がないので xw 画面( y = 0 )に対し常に南北に対称となる.

 w1 では x2 の係数は a2 で w2 では y2 の係数は -a2 となるので w1 と w2 では凹凸が逆になっている.
  
  しかも 頂点の座標 ( xp, yp, wp ) は w1 と w2 の両者で共有されていて,

  xp = -a1/(2a2) = α, 

 yp = 0

  wp = -( a12 - 4a2a0 )/(4a2) = -D/(4a2)

となる.

 w1 でも w2 でも頂点の x 座標 xp は 2 根の和を 2 で割ったところにある.
 
 w1 は普通に我々が描く放物線であるが, これが x 軸と交点を持たなくても共役複素数の根を知る工夫がある.

  すなわち, 頂点の y 座標 yp の二倍で x 軸に平行線を引き w1 との左右の交点の x 座標を各々 x, xrとする.

 ここで共役複素数の 2 根たちをそれぞれ z1 = α + βi, z2 = α - βi とすれば,

  α = ( x + xr )/2, β = |x - xr|/2

となっている.( どうしてこれで良いかという理由は冗長なので省くが, 簡単なので読者に委ねる.)      


  この前置きを前提として代数学の基本定理のもう少し詳しい説明を以下で試みる.


 与えられた n 次式 f(z) が奇数次ならば必ず一つは実根を持つと云えるので, この一次式で割った式を考えれば,

 定理は n が偶数の場合だけを証明すれば良い.

  そこで与えられた任意の偶数の自然数 n を

  n = 2m

として以下の証明をする.

  f(z) で z = +∞ のときの値を f(+∞),  z = -∞ のときの値を f(-∞) と書けば,

  f(+∞) = f(-∞) = +∞  または  f(+∞) = f(-∞) = -∞ 

となることはグラフを書いて見れば簡単に確かめられる.

 ここでは単に根の個数だけを調べるだけなので, 後者の場合 -f(z) を改めて f(z) と考え直すことにすると,

  全て前者の意味で証明すれば良いことになる.

 x を実数として通常通り w = f(x) のグラフを描いたとする.

 このようなグラフで最も一般的なものは下に凸の頂点を m 個持っていると考えて良い.

 ここでは単に頂点といえば下に凸の頂点をだけを指すものとする.
 
  このとき各頂点を共有して下に凸の放物線を部分的に代用したと見るのである.

 このとき代用する放物線は必ずしも f(z) と正確に一致していなくても良い.

 なぜなら, ここでは正確な数値の議論ではなく, 単に根の個数だけを云えば良いので, 

  座標のずれがかなり大きくなったとしても良いと考えられるから.

  このとき,
  
  (1) 頂点の左右で x 軸と交点を持てばこの頂点が 2 個の実根を持っていると考える.

  (2) 頂点が x 軸と接点を持てばこの頂点が 2 個の重根を持っていると考える.
  
  (3) 頂点が x 軸の上方にあって交点も接点も持たないときは, 

  先ほど見た複素放物線論によって画面に垂直な面に 2 個の共役複素数の根を持っていると考える.

  そうすると, m 個ある頂点のどれにも 2 個づつの根があると見なして良い.

  このように考えると n = 2m 次式は複素数の範囲内で丁度 n 個の根を持っていると云える.

  こうして真に面白いことに, こんな茶地な議論で代数学の基本定理の証明が出来ている.(笑)
     

  この説明の方法で都合が悪くなるような例として,

  f(z) =o= z4 + 4 =i= 0

などがある.

 ( このグラフには下に凸の頂点が一つしかなく, しかもそれぞれの潜在放物線の x 座標とも異なる.!! )
  
  f(z) =o= u + vi 

とすれば,

 u =o= x4 + 4 + y2( y2 - 6x2 )

  v =o= 4xy( x2 - y2 )

  これらを変形すると,

 x2 = y2 = 1

となるので, この式の複素数の根たちは,

  z1 = 1 + i, z2 = 1 - i, z3 = -1 + i, z4 = -1 - i,

となる.

  u の式で, 

  x2 = 1

を代入したものを u(x2=1) と書けば,

  u(x2=1) =o= y4 - 6y2 + 5

となり,

  u(x2=1) =o= ( y2 - 1 )( y2 - 5 )
 
と変形できるので,

  u + vi =i= 0

という条件では, 二本の潜在放物線を  w21, w22 と呼べば,

  w21 =o= y2 - 1, ( x =i= 1 )

  w22 =o= y2 - 1, ( x =i= -1 )

となっている. 

  頂点の x 座標がグラフの見かけ上の頂点 x = 0 から x = 1 または x = -1 にずれてはいるが,

  方程式の共役複素数の根の一組ごとに潜在放物線があるという事実そのものに誤りはないと見て良い.

  ゆえに, 広い意味では, 根の存在の個数に関する限り, 本節の簡易な説明でも矛盾がないと考えて良い.


  また蛇足ながら, 

  u(x,y) =o= x4 + 4 + y2( y2 - 6x2 )

を,

  v(x,y)/(4xy) =o= x2 - y2 

で割った剰余多項式を c(x,y) とすれば,

  c(x,y) =o= -4y4 + 4

となっている.

  ここからも,

 v/(4xy) =i= 0  かつ  c=i= 0  ならば x = 1, -1  かつ  y = 1, -1  

が求まる.


  先述の,

 f(z) - f(γ)

を微分した場合についてを考えると, 定数 f(γ) は一回微分すると消えるので, 

 f(z) - f(γ) の z による微分と f(z) の z による微分とは γ の値とは無関係に一致する.

  一方, この式が z - γ で一回割り切れるということも γ とは無関係に成立する.
 
  にもかかわらず f(z) が一次因数で割り切れるという事実は微分の場合ほど簡単には云えない.

 ( 私には )デデキンドの著述の中にもそのような試みの名残があるように思えてならないときがある.

   n 次式が n 回微分できることと n 個の一次因数で割り切れることとを結びつけるには相当の準備が必要となる.

 それを成し遂げようとすると複素周回積分の辺りの知識を必要とする.( と思う.)

  しかし注意がいる.複素周回積分の理論を代数学の基本定理に立脚しないで組み立てた上でなければならない.

  そうでないと「 P は Q から生れ, Q は P から生れる 」式の共喰い論法に成りかねない.(笑)
 
  代数学の基本定理を証明するのに使えそうな原理が我々の手の届きそうもない雲の上にしかないというのはむしろ

奇妙なことかも知れない.だが, その奇妙さこそが数学の真の奥深さなのだとつくづく思う.

                                                                                 (2006/01/02)

§2. 代数学の基本定理の簡易な証明.


  ところが §1 を書いた直後に直ぐ, 次のような方法があることを思いついた.

  そして, これは §1 よりは少し正確な論法となっていると思えたので, 敢えて証明とした.


 [代数学の基本定理]

 an-1, an-2, …, a0 を任意の有理数として,

 f(z) =o= zn + an-1zn-1 + … + a1z + a0

は複素数係数の丁度 n 個の一次式で因数分解できる.


 [証明]

 以下の証明では複素数係数の一次因数を単に一次因数と呼んでおく.
 

 (1) n = 1 のとき, 

  f(z) =o= z + a0 =i= 0

は,
 
  z1 ¬=i= z2

であるような二つの異なる複素数 z1, z2 を根に持たない.

 なぜなら,もしそうなら, 一つの有理数 -a0 が異なる二つの値 z1, z2 を持つことになって矛盾する.

  ゆえに定理は n = 1 で真である.


 (2) n = 2 のとき,

 ( 初等的に良く知られているように, )

  f(z) =o= z2 + a1z + a0

が与えられているとする.

  判別式 D = a12 - 4a0

として与式を変形すると,

 f(z) =o= ( z + a1/2 )2 - D/4

となる.

 ここで判別式 D の値の 正, 0, 負 に応じて次の三つの内のいずれかの場合となる.

 (2-1) D > 0 のとき,

 ここで D の平方根の絶対値を √D と書けば, √D は正の有理数の平方根なので実数となる.

  与式は,

  f(z) =o= ( z + ( a1 + √D )/2 )( z + ( a1 - √D )/2 )

 ( すなわち, 根の存在する最小の数体は有理数体 Q から 実数体の部分体 Q(√D) へと拡大される.)

  (2-2) D = 0 のとき,

  2-1 で D = 0 とすれば, 与式は,

  f(z) =o= ( z + a1/2 )2

となる.

 ( すなわち, 根の存在する最小の数体は有理数体 Q である.)

  
  (2-3) D < 0 のとき,

  2-1 で √|D| > 0, と i = √-1 を使えば, 与式は,

  f(z) =o= ( z + ( a1 + i√|D| )/2 )( z + ( a1 - i√|D| )/2 )

 ( すなわち, 根の存在する最小の数体は複素数体の部分体 Q(√|D|,i) である.)

 こうして定理は n = 2 で真となるが, この段階で係数を有理数体から複素数体の部分体に拡大する必要が生じる.


  (3) 定理は n-1 で真であることが既に示されているとする.

 すなわち, f(z) が n-1 次式のとき丁度 n-1 個の一次因数に分解されることが既に云えていると仮定する.


 (4) [ 有理数係数の三次以上の多項式の可約性の証明 ] 

 ( 以下の証明は不完全であることを注意しておく. )
 

 f(z) =o= zn + an-1zn-1 + … + a1z + a0

が与えられているとする.

 f(z) で z = 0 を代入したものを f(0) と書けば,

  f(0) =i= a0

となる.

 ここで, 任意の整数を ℓ, 適当な有理数を ⊿ として,

 ⊿ = f(0)/ℓ 

とする.

  ( 以下の議論では通常の解析学のように, ℓ を充分大きく取れるとしておく.

 あるいは ℓ を限りなく大きく取って ⊿ を限りなく小さく取れると考えても良いとする.)

 ここで, m を 0 ≦ m ≦ ℓ であるような整数とし, 以下のように gm(z) を定義する.

  gm(z) =o= f(z) - f(0) + m⊿

 ここで特に m = 0 のとき,

 g0(z) =o= f(z) - f(0) ( =o= zn + an-1zn-1 + … + a1z )

は商の多項式を q(z) として

 g0(z) =o= f(z) - f(0) =o= zq(z),  deg q(z) = n-1

となる.

  ゆえに g0(z) は可約多項式である.

  また一般に,

 gm(z) =o= gm-1(z) + ⊿ ( 0 ≦ m ≦ ℓ )

が成り立つ.


 ここで無限に大きな自然数を ω として, 

  ( ℓ → ω ) ⇒ ( ⊿ → 0 ) 

とすれば,

 gm(z)  →  gm-1(z)   ( 0 ≦ m ≦ ω )

と考えて良い.

 ここから gm-1(z) が可約多項式なら gm(z) も可約多項式となる.(?)
 
 既に, g0(z) が可約多項式であることが云えているので,

 gm(z)  ( 0 ≦ m ≦ ω )  
 
は全て可約多項式であると考えて良い.(?)


  そこで適当な二つの多項式を αm(z), βm(z) として,

 gm(z) =o= αm(z)βm(z)   ( 0 ≦ m ≦ ω ),

  deg gm(z) = deg αm(z) + deg βm(z) = n,

  1 ≦ deg αm(z) ≦ n-1, 1 ≦ deg βm(z) ≦ n-1

が成り立っている.

 定理が n-1 までで真であることが (3) で示せているので, 

 αm(z), βm(z) はそれぞれ次数と同じ個数の一次因数に分解される.

 ゆえに, gm(z)  ( 0 ≦ m ≦ ω ) は全てが n 個の一次因数に分解される.

 あるいは,

「 f(z) - f(0) から f(z) に至る定数項の(有理数)連続な変化に対する途中のどの式も丁度 n 個の一次因数に

分解される 」

と云って良い.

 ここから特に, 

  f(z) =o= gω(z)

が n 個の一次因数に分解されると云える.   

 ゆえに定理は n-1 で真であれば n でも真となる.


 よって (1), (2), (3), (4) から n についての帰納法により, 定理はいかなる n においても真である.


 (証明終り)


  上の (4) の証明のどこかに誤りがあるとすれば,


「 
 また一般に,

 gm(z) =o= gm-1(z) + ⊿ ( 0 ≦ m ≦ ℓ )

が成り立つ.

 ここで無限に大きな自然数を ω として, 

  ( ℓ → ω ) ⇒ ( ⊿ → 0 ) 

とすれば,

 gm(z)  →  gm-1(z)   ( 0 ≦ m ≦ ω )

と考えて良い.

 ここから gm-1(z) が可約多項式なら gm(z) も可約多項式となる.
 
 既に, g0(z) が可約多項式であることが云えているので,

 gm(z)  ( 0 ≦ m ≦ ω )  
 
は全て可約多項式であると考えて良い. 」


という行(くだり)のところにあると思える.

 解析学はこのようなことを暗に前提としていなかっただろうか?

 そのような大前提を信じて疑いえない事実とした上で, 複素関数の解析学が打建てられているとすれば, 

その複素解析の定理を用いて代数学の基本定理が証明されるとしても何の不思議もない.

  だが, そうだとすると共喰い論法の疑いが極めて大となる.


  微積分を用いた証明の問題点が少なくても三つある.

 (1) 微積分は実数の連続性を前提としているがデデキンドの実数の連続性は証明された定理ではなく公理である.

 (2) 量子力学の分野においてはプランク定数 h 程度の小さな数は振る舞いが不確定であることが知られている.
 
 ( 極限値というものが微積分の命であるにもかかわらず.)ここでは極限値の概念が厳密には崩れている.

 ゆえに実数の連続性に基づく中間値の定理, 平均値の定理, ロールの定理なども真であるとは限らない.

 (3) 古典的な代数には極限値という規則がない.微積分では極限値の概念を専ら用いている.

 ゆえに微積分を利用した代数学の基本定理の証明はいわば反則技にあたる.

 代数と微積分の区別は極限値を認めるか認めないかにあるといっても過言ではない.

 代数と微積分のけじめをもっと大切にすべきである.

 ・・・

 結局, 実数の連続性は古代の哲学者プラトンが云ったようなイデアの類であろうか?

 ゆえに実数の連続性を前提とする全ての分野がイデア的となる.

 せめて代数学の基本定理だけでもイデアよりリアルなものにできないものだろうか?(笑)


 私は数学の専門家ではない( 平凡なただの素人でアマチュアでもない.なぜなら, スポーツなどでは

アマチュア資格を有する者のみがアマチュアだからである.)のでこれ以上とやかく云うつもりはない.

  ただ, ガウスが証明した「 代数学の基本定理 」は公理と同じ位の明白さを持つ原理であるとだけは云えよう.

 ゆえに無理に証明を試みるよりは, 万人が正しいと認めるような代替の公理を設けてそれを承認させる方が

無難であるかも知れないとも思う.
 
 そのような代替公理は初等的な立場では私が冒頭で掲げたような簡易公理でもいいかも知れない.

 すなわち,


 [簡易公理1]

 「 実数係数の一般 n 次方程式は定数項が変化しても, 複素数の根を認めるならば根の個数に変化はない.」

ということが経験的に知られている.


として出発しても大きな支障はないと思える.

  
  さらに, この定理の証明の必要は代数学からというよりもベルーヌーイが(ベルヌーイの家系は代々, 数学物理学方

面の天才を数多く輩出している. それで, どのベルヌーイであったかを云わないと誤解を招くが, 不覚にも私は忘れて

しまった. … 調べて見たところ, どうやらヨハン・ベルヌーイであったようだ. この人はオイラーの先生でもあった.

 また, 一人置いて上の兄にヤコブ・ベルヌーイがいて, この人はベルーヌーイ多項式で有名. ヤコブはバーゼル大学で

数学を担当, 彼の死後, ヨハンが後任となった. こう書くと二人は仲の良い兄弟のように思えるが実際はそうでもなか

ったらしい. )有理関数の部分分数展開による項別積分の方法を編み出したときにライップニッツに証明を依頼した

のが発端であることを私蔵の数学書( あんまり多くは所有していないが ) のどれかで読んだことがある.

  そんな訳で証明になんらかの解析的方法が用いられる場合が多いことに何となく因縁めいたものを感じる.

 「 代数学の基本定理 」はまた「 解析学の基本定理 」や 「 部分分数展開の基本定理 」であるとも云えよう.

                                                                                    (2006/01/09)


§3. 前節の証明の (4) の改良. 

 前節の証明の (4) を改良すべく次のような定理を思いついた.  


 [代数学の基本定理の変形 (1) ] 

 3 次以上の実数係数の与えられた特別な n 次方程式 g(z) が複素数 ρ を根に持つとする.

  すなわち,

 w = g(z), g(ρ) = 0

であるとする.

 与えられた微小な実数を ⊿w として,

  f(z) = g(z) + ⊿w 

と定義する.

  このとき適当な微小複素数 ⊿z を用いて,

 g(ρ+⊿z) ≒ -⊿w,

  f(ρ+⊿z) ≒ 0

と出来る.


 [証明]

  g(z) が 3 次以上の実数係数の n 次式である限り, 変数 z で一回は微分可能. 
 
  g(z) を z で一回微分することで次の公式を得る.

 (⊿z → 0){ g(z+⊿z) - g(z) }/⊿z = g'(z)

 言い換えると ⊿z の絶対値が充分小さければ

 g(z+⊿z) ≒ g(z) + g'(z)⊿z

と考えて良い.

  この式の z に ρ を代入することで,

 g(ρ+⊿z) ≒ g(ρ) + g'(ρ)⊿z

となる.

 題意から,

 g(ρ) = 0

なので,

 g(ρ+⊿z) ≒ g'(ρ)⊿z

として良い.


 ( 更に, ここで n-1 次式が複素数の範囲内で丁度 n-1 個の根を持つことが既に云えているとすると, ) 

 g(z) = ( z - ρ )( z - ρ2 )…( z - ρn )

  ∴ g(z)' = (z-ρ)'(z-ρ2)…(z-ρn) + (z-ρ)(z-ρ2)'…(z-ρn) + … + (z-ρ)(z-ρ2)…(z-ρn)'


  ところが,

 ( z - ρ )' = ( z - ρ2 )' = … = ( z - ρn )' = 1

  ∴ g(ρ)' = ( ρ - ρ2 )( ρ - ρ3 )…( ρ - ρn )


  ここで適当な充分大きな正の実数 R が存在して,

 |ρ|, |ρ2|, …, |ρn| < R かつ |g(ρ)'| < R

と考えて良い.


 さらに, 適当な角度を θ として,

 g(ρ)' = |g(ρ)'|( cosθ + isinθ )

と考えて良い.

 そこで, 与えられた微小な実数 ⊿w に対して,

 ⊿z = -⊿w/g(ρ)' = {⊿w/|g(ρ)'|}{ cos(-θ+π) + isin(-θ+π) }

と取れば,

 g(ρ+⊿z) ≒ g'(ρ)⊿z = -⊿w 

と出来る.

 さて, ここで更に,

 f(z) = g(z) + ⊿w

と定義すると,

 f(ρ+⊿z) = g(ρ+⊿z) + ⊿w 

            ≒ -⊿w + ⊿w = 0

(証明終り)


 この証明から g(z) が複素数 ρ を根に持てば, 

微小な実数 ⊿w に対して g(z)+⊿w もまた複素数 ρ+⊿z を根に持つと云える.

  ⊿z を評価すると,

  g(ρ) = 0

であるような根 ρ と,

 g'(ρ) = |g'(ρ)|( cosθ + isinθ )

となるような |g'(ρ)|, 角度 θ によって,

  ⊿z ≒ {⊿w/|g'(ρ)|}{ cos(-θ+π) + isin(-θ+π) }

と考えて良い.

  従って実用的には g(z) が複素数の範囲内で根を持てば, その定数項が僅かに変化しても, 

また複素数の範囲内で根を持つと云える.

 更に言い換えれば g(z) が可約であるとき突然 g(z)+⊿w が既約になるということも有り得ないと云える.

 特別には前節の (4) で f(z) - f(0) は可約なので f(z) に至るまでの定数項の漸々の変化の途中の全てが

可約であると云える.

 こうして 「 実数係数の一般 n 次方程式 f(z) は複素数の範囲内で丁度 n 個の根を持つ 」と云える.

 この実用的な意味を理論的に引き上げる( 例えば不等式と極限値の概念を使って )工夫をすれば, 

代数学の基本定理は( 種明かし的に; reveal the trick !! )証明できると思える.

 コーシー等による証明は厳密な証明には違いないが, 代数学の基本定理の種明しには成っていない気もする.

 ( 証明は種明かし的たるべし!! )

 しかし, これでも, まだ共喰い論法の疑いは消えていないけれども.(笑)
   

  上の証明にある一種の胡散臭さは解析学を用いた全ての証明にも及ぶかも知れない.

 例えば,

 ( ⊿z → 0 )( g(z+⊿z ) → g(z) )

という主張は g(z+⊿z) と g(z) の定量的な近似か一致を指すものであっても g(z+⊿z) と g(z) の定性的な一致を

必ずしも指してはいないかも知れない. そして, ここで定性的とは可約性と既約性である.

( 例えば g(ρ) = 0 ならば  ( ⊿z → 0 )( g(ρ+⊿z) - g(ρ) )/⊿z = g(ρ+⊿z)/⊿z = g'(ρ) となる.

 ところが,  g(ρ+⊿z) と g(ρ) を同一視してしまうと g'(ρ) = 0 となる.

 このようなことは g(z) が ρ を重根に持つような場合ででもない限り偽となる.

  ⊿z を幾ら小さくして良いとしても g(z+⊿z) と g(z) を辺り構わず置き換えて議論して良いとは限らない.)

だが, 少なくとも解析学には, 折れ線と曲線の定性的な同一視という特有の詭弁がある.


 ( ついでにコーシーの定理で証明するときのヒントを述べておく.

 以前の複素放物線論を用いた f(z) の根の存在の大体の構造を思い出して欲しい.

 |f(z)| は根 ρ の周辺では尖っていて, 根のところで |f(ρ)| = 0 すなわち零点を持つ.

 一方 g(z) = 1/f(z) を考えると ρ の周辺で鋭く尖っていて |g(ρ)| = |1/f(ρ)| = +∞ すなわち特異点を持つ.

 もし f(z) が根を持たなければ零点も持たない, すると g(z) も特異点を持たない.

 コーシーの定理によれば, 特異点を持たない ( g(z) - g(0) )/z や g(z) は積分路の半径 R によって,

  ( R → ∞ )( ( g(z) - g(0) )/z の周回積分 ) → 0 となる.

   ( R → ∞ )( g(z) の周回積分の絶対値 ) → 0 となる.
 
 ゆえに ( R → ∞ )( g(0) の周回積分の絶対値 ) = 2π|g(0)| → 0 

 ゆえに g(0) = 0 これは f(0)g(0) = 1 に反し矛盾.

 ゆえに f(z) は根を持つ.

  ただしこの方法はコーシーの定理を用いた方法であってコーシーの証明とは異なる.

 コーシーの証明はどちらかと云えば, 以下の§4 の方法と似ている.) 


§4. 改良のアイディア(2)

 この方法も大まかなアイディア自体はそれとなく感ずいていたが, 具体的な内容を確認してはいなかった.

 ところが前節の方法を改良しても類似の論法が引き出せることに気付いた.

 以下にそれを述べる.

 
 [代数学の基本定理の変形 (2)]

  3 次以上の実数係数の与えられた適当な n 次方程式を f(z) とする.

 適当な複素数を σ として,

 |f(σ)| ≠ 0

ならば, 適当な微小複素数 ⊿z が存在して,

 |f(σ+⊿z)| < |f(σ)|

と出来る.

 この論法を繰り返すことで, 適当な複素数 ρ が存在して,

 f(ρ) = 0

と出来る.

 すなわち, 複素数係数の一次式を用いれば f(z) は可約多項式となる.

 [証明]

  f(z) が 3 次以上の実数係数の 一般 n 次方程式なら, 変数 z について少なくても一回は微分可能.

 それで一回微分すると次の式が得られる.

 ( ⊿z → 0 ){ f(z+⊿z) - f(z) }/⊿z = f'(z)

  言い換えると ⊿z の絶対値が微小であれば,

 f(z+⊿z) ≒ f(z) + f'(z)⊿z

  この式に z = σ を代入して,

 f(σ+⊿z) ≒ f(σ) + f'(σ)⊿z

を得る.

 さらに適当な正の実数を r, r', 0 ≦ θ ≦ 2π, 0 ≦ θ' ≦ 2π として,

  f(σ) = rε   ( ε = cosθ + isinθ となり, オイラーの公式という. )

  f'(σ) = r'εiθ'

として良い.

 このとき, 1 を越える正の実数を ℓ として, 次のような ⊿z を取るとする.

  ⊿z = {r/(r'ℓ)}εi(θ-θ'+π),  ( 1 ≪ ℓ )
  
  ここで ℓ を充分大きく取ることにより ⊿z の絶対値をいくらでも小さく出来る. 

 そうすると,

  f'(σ)⊿z = (r/ℓ)εi(θ+π) = -(r/ℓ)ε

 ( 二つの複素数の乗法では絶対値は掛け算, 角度は足し算となる. )

  f(σ+⊿z) ≒ f(σ) + f'(σ)⊿z = rε - (r/ℓ)ε

            = (1-1/ℓ)rε

 ∴ |f(σ+⊿z)| = (1-1/ℓ)r < r

  ∴ |f(σ+⊿z)| < |f(σ)|

(証明終り)

                                                                                     (2006/01/16)

§5. 改良のアイディア(3)( リュービルの定理による証明の自己流の復元.)


 代数学の基本定理は数学史的にはリュービルによっても簡易化が図られているという.

 私は実際の内容についてはほとんど知らない.

  しかしながら, 私の身近で散見される数学的な記事からアイディア自体はそれとなく分る.

 それで, 多分, リュービルのアイディアに近いだろうと思われる方法を以下で述べる.


 [代数学の基本定理の変形 (3)]

  1 次以上の複素数係数の一般 n 次方程式 f(z) は少なくとも一つの

 f(ρ) = 0

となるような複素数 ρ を持つ.


 [証明]

 題意に反して, ガウス平面(複素数平面)内の全ての任意の要素 z について

  f(z) ≠ 0

と考えると矛盾することを示せば良い.

 g(z) = 1/f(z)

とすると, 適当な充分大きな正の実数 R が存在して, ガウス平面の全体で
                                          
 |g(z)| < R

と考えて良い.( 専門書では, これを g(z) はガウス平面の全体で有界であるという.)

  ここで,

 h(z) = 1 - f(z)

と定義すると,

 g(z) = 1/f(z) = 1/(1-h(z)) = 1 + h(z) + h(z)2 + … + h(z)n + …

と書ける.

 そこで, 適当な複素数を,

  c0, c1, c2, …, cn, …, cω

として, ( ω は最後の自然数.)              
 
  g(z) = c0 + c1z + c2z2 + … + cnzn + … + cωzω

と出来る.( これを z の無限べき級数展開という.)

 ∴ |c0 + c1z + c2z2 + … + cnzn + … + cωzω| < R

  ∴ |cnzn| < R       ( n = ω, ω-1, …, 2, 1 ) ( n は ω から降順に取るとする.)

  ∴ |cn| < R/|zn|

 この右辺の |z| は無限大にすることも可能.すると, 右辺は限りなく 0 に近づく.

 ∴ cn = 0

  ∴ c1 = c2 = … = cn = … = cω = 0

  ∴ g(z) = c0

  ∴ f(z) = 1/c0

  これは f(z) が一次式以上であるという題意に反する.

 ゆえに矛盾.

 この矛盾は少なくとも 1 つの複素数 ρ が存在して,

 f(ρ) = 0

になると考えると防げる.

(証明終り)  


 この証明で g(z) がガウス平面全体で有界ならば g(z) は定数であるという原理が使われている.

 これをリュービルの定理という.

                                          (2006/01/17)

  この証明や前の証明は綺麗な証明ではあるけれども, 何となく物足りない.

 なぜなら,「 根を持っていないといけない 」とは云えていても,「 根をどう求めればいいのか? 」

が少しも述べられていない.何か肩透かしを食らわされたような失望感がある.

 実際に根を求めたいという実用的な場合には, ほとんど役に立たない.
                                                
  ガウスが「 代数学の基本定理 」の証明を通して追求しようとしていたことは, 単なる「 根の存在 」や

( ガロアの理論で云うような )「 可解性 」ではなく「 根がどのように存在するか ? 」という 

n 次方程式の構造の解明にあったのかも知れない.

 例えば「 整数論 」の冒頭でガウスは「 整数論というのは整数の計算ではなく整数の性質の研究である.」という

主旨のことを述べている.

 これは数学の全ての分野に於いてのガウスの基本姿勢であったのではないだろうか?

 いわゆる「 代数学の基本定理 」のガウスの第一証明も「 性質の研究 」というガウスの基本姿勢をより良く反映

しているのではないかと思う.


 さらに代数学という分野の課題から云えば「 与えられた n 次方程式の係数から, 少なくとも一つの根を決定する 」

という問題こそが本来, 解かれなければならない大問題なのではなかっただろうか?

 しかし, この問題も諸々の「( 因数分解 )関数 」による「 解の公式 」の発見により既に解決しているという.

 それらの中に梅村という日本人が発見した解の公式もあるという.( 梅村の公式 ) 

 ( それにしても, 梅村氏はスゴイ!!! ☆☆☆☆☆ )

                                             (2006/01/19)


  円周を別の上手く定義された単一閉曲線のようなもので置き換えると, その n 等分点にも円周等分と同じような

周期的巡回性が現われるということは, 既に「 円周等分方程式論 」の中でガウスによって指摘されていた.

  このようなことからも, 上で触れた「 モジュラー( 因数分解 )関数 」による解の公式もガウスの胸中で密かに

温められていたアイディアの一つではなかっただろうか.

 ガウスはこのような方法による解のより合理的な表示を予想し模索していた第一人者だったのだと私は思いたい.

                                              (2006/1/23)


 [問題工作]

 ( 私のペーパークラフトのページを参考にして )

  n 次の代数方程式

 w = f(z) = f(x + iy) = u(x,y) + iv(x,y)

の x-y-|w| 空間上における立体ペーパークラフト模型を作成せよ.

 例えば 1 つの実根と 1 組の共役複素数の根たちを持つ三次式でも良いかもしれない.

 またプログラム言語は Java か C++ がいいかも知れない.

                                                                                      (2006/1/29)

 
  この問題で一つの実根と二組の共役複素数を根たちに持つ五次式の立体曲面を作図しても良い.

 その要領は以下の次第. 

  先述の複素放物線論によって, 実根は東西向きの x 軸上にある.共役複素数の二組の根たちは離れた南北向き

の y 軸と平行な直線上にある.

  w = f(x+iy) で y = 0 と置いた曲線を背骨と見立て, 実根を尻尾の先端が地面にあたる根平面( |w| = 0 )

に接していると見立てる.二組の共役複素数たちを二対の足とみなし針の先のような爪先立ちで根平面に接して

いると見立てる.するとこの形が何となく恐竜の骨格に似てくる.

  曲面全体を作図するのは大変だからこのように骨格 ( skeleton ) だけの作図で簡易化を図っても良いかも知れ

ない.五次式の場合だと背骨と二対の脚の三本の曲線を作図すればよい.そして画面上で立体表示するに留めれば

プリンターやケント紙は不要となる.

 解法の問題点あるいはコツは東西向きの背骨のどこで曲がれば南北向きの脚に行けるかを見極めるところにある.

  ( ちょっとモダンアートな五次式恐竜骨格 ( penta-saurs-skeleton ) が出来るかも ^_^;)  

                                            (2006/1/31)
  

  五次方程式の根についても一言述べておきたい.

 ガロアの理論によって一般の五次式で複雑なものは四則演算と冪根演算の有限回の繰り返しでは解けないとか,

 エルミートやアーベルによって特殊な関数を使えば解けるとかは専門書で良く見かける.

 しかし, 実数係数の五次式に限った話ではあるが, グラフを描いて見れば一つは実根として実軸との交点から求

められる.

  場合によるが, 少なくてもこの一つの実のグラフ解は四則や冪根演算を超越した真に驚くべき数なのである.

 そして, この極めて当たり前のことが実用的には重要であるにも関らず専門書では省かれていることも多い.

 また代数学の基本定理の証明に用いられる解析的道具等に関しても, 代数学の基本定理に基づかないで導ける道

具であるという, 云わば道具の純潔性の証明が少しも触れられていなかったりすることに一抹の不満と不安を感じ

るのは私一人だけであろうか?

  かつて, ある数学者が「 三角形の内角の和は直線の角度に等しい 」という定理を用いて平行線公理を証明した

ところ, 道具に使った定理の証明に平行線が使われていて, 共食い論法となり平行線公理の証明は没に終わってし

まったという笑えない実話もある.
 

 私は「 代数学の基本定理 」の証明に使えそうな理論として高木貞二先生という偉大な数学者の「 超複素数理

論 」が使えないものかと思ったりもした, この理論によれば乗法の交換法則が成立するという前提では複素数体

が最も複雑な数体となり, 乗法の交換法則が成立しないという前提では四元数体になるということであった.

 この理論によれば実数係数の既約多項式は二次式までとなるから, ここからも少なくとも実数係数の n 次式に

ついて「 代数学の基本定理 」の証明がやれそうに思えた.しかし残念ながらこの「 超複素数 」の理論は「 代

数学の基本定理 」を前提としたものであった為に, これを用いた証明の試みは共食い論法に終わってしまった.


 何方か高木先生並みの方が「 代数学の基本定理 」を前提としない「 超複素数理論 」を組み立ててみられたら

良いと思う.それは「 代数学の基本定理 」の別証明にもなる訳だから.


 このようなことがあってから私はなおさら「 代数学の基本定理」はむしろ公理なのではないのかと思うように

なった.なぜなら乗法の交換法則が成立するような公理系とは何かを検討するに当たって「 代数学の基本定理 」

が前提となっている訳だから.公理系の誘導に使われる原理もまた公理でなければならないのだから.


 まとめると以下となる.

 これから万人が使用して便利であるような公理系を組み立てたいと思ったとする.このとき計算の便利として,

 (1) 乗法の交換法則が成立する方が良い.

 (2) 代数学の基本定理が成立する方が良い.

と考えて公理系を組み立てると, そこで使用される数体は「 複素数体 」で丁度良いということなのである.

 寺田寅彦の「 形式不易 」という哲学用語を借りて言えば,

 「 乗法の交換法則と代数学の基本定理を形式不易とすればその公理系の数体は複素数体となる. 」

ということである.

 そんな訳で「 代数学の基本定理 」を前提として公理系を導かれた高木先生の考え方にも一理あり, むしろ自然

で賢明な考え方であったのではないかとも思う.

 ( どんな計算の系にせよ素元分解の一意性が成り立つ方が便利に決まっている.)

 しかしそう考えると, いかなる公理も定理の側から証明するというのはむしろ本末顛倒というべきであって, 初

めから成立するようにしてあったのだと見るべきである.


  ついでに複素数の微積分を用いた証明法が共食い論法であるという主張の骨子を以下にまとめておく.

 (1) 1 を自明な整数とする.ペアノの公理系により全ての正の整数が定義される.

 (2) 減法の可解性を保証する必要から負の整数が定義される.こうして全ての正負の整数が定義される.

 (3) 整数係数の一次式の可解性の保証から全ての有理数が定義される. 
 
 (4) ( 例えば ) デデキンドの実数の切断の論法により全ての実数が定義される.

 (5)「 代数学の基本定理 」が真であると仮定する.これと同値な主張として,

「 実数係数の既約多項式は一次式か二次式に限られる.」特に「 既約実二次多項式の判別式は負である 」

から虚数単位 i = √-1 を認めることにより複素数体が定義される.

 (6) 複素数の微積分を定義し, またその諸定理が証明される.

 (7) 複素数の微積分の諸定理を用いて ( 例えばコーシーの証明の方法によって ) 「 代数学の基本定理 」

が証明される.


  これすなわち共食いである.

 上の (5) のところで「 代数学の基本定理 」を前提としないで, 単に i2 + 1 = 0 によって拡大する

ことで全ての複素数が定義できると考えられるかも知れないが, 計算の体系が複素数体より複雑な数体にならない

という保証が無い.これを保証するには上記の「 超複素数理論 」と同様な考察が必要となる.

 ところが「 超複素数理論 」によって複素数体より広くならないことを云うには「 代数学の基本定理 」が

真であることが前提となる.

 結局「 代数学の基本定理 」と「 複素数体 」を表裏一対のものと見なしておくしかないと云うべきであろう.

 ( コーシーの証明は本当に厳密な証明なのだろうか ? 彼はミクロ的には間違っていないにしてもマクロ的には

論理に不備なところがあるのではないか? 複素数を使って代数学の基本定理を証明しようとすること自体が

一種の反則技ではないのか ? これは丁度, 二等辺三角形の両底角合同と直角三角形の合同定理が別々に証明

出来ると考えるのと同じような間違いに相当していないだろうか ? 代数学の基本定理=複素数ではないのか ? 

  だとすれば代数学の基本定理と複素数の存在の同値性を強調あるいは吟味しないどのような理論も明記される

べき何かを欠いていると思える.)

  P が真ならば Q が真である が云えて Q が真ならば P が真である が云えてもまだ云えていないことがある.

 それは,

 P も Q も真である  と云うことである.

 ここで P とは「 代数学の基本定理 」であり, Q とは「 複素数体より広くならない 」である.

 歴史的な意味でコーシーが証明したことは次のようにまとめられる.

 「

 |f(za)| ≠ 0 ならば |f(zb)| < |f(za)| となるところが必ずある.

 ゆえに |f(z)| の最小値を m としたとき m ≠ 0 ならば矛盾である.ゆえに f(z) に零点がある.」

 これは「 P も Q も真である 」という証明とは異なっている.

 「 Q が真ならば P も真である 」と云えているだけである.

 どういう原理を用いれば P と Q を分離して, しかも, いずれもが真であると云えるのだろうか?

  そういう意味では, 今だ誰も「 代数学の基本定理 」の正しい証明には達していないと私は思っている.

 ( 不可能であるということと, 不可能であるということの証明の不可能の二重の不可能が潜伏している.

  このような不可能性に言及していない専門書に一抹の不満と不安を感じる.)


  先ほどの「 二等辺三角形の両底角合同 」と「 二つの直角三角形の合同 」の話を少し掘り下げて考えてみよう.

 二等辺三角形の両底角は本当に常に等しいと云えるかどうかは疑問である.

 例えば複素平面上でベクトルの二等辺三角形を作り, 底辺を準線上に取り, 角度は反時計回りを正とする.

  このときこの二等辺三角形の左底角が θ であったならば, 右底角は π-θ であると云わねばなるまい.

 然らば θ = π/2,-π/2 でない限り二等辺三角形の両底角は相等しくない.このとき通常のユークリッドの

幾何学で合同であった二つの直角三角形で互いに裏向きの関係にあるものは複素ベクトル三角形の意味では

もはや合同とはならない.

 それで「 二等辺三角形 」→「 直角三角形 」,「 直角三角形 」→「 二等辺三角形 」が云えても,

 「 二等辺三角形 」,「 直角三角形 」が独立して真であると云えなかったのは, 角度の測り方のこの様な

自由度を自然界が保存しようとしていた為であると考えれば合点が行くのではなかろうか?   


  同じ様な理由で我々の「 基本定理 」と「 数体 」の問題も「 基本定理 」に反する例を考えることで納得

のいく説明が出来るかも知れない.

 (1) 乗法の交換法則を放棄するとその「 数体 」は例えばハミルトンの四元数体となる.

 するとこの世界の擬代数では「 複素数の範囲内 」という制限が崩れている.

 (2) 標数 8 の「 数体 」では x2 - 1 ≡ 0 (mod 8) という擬代数は二次式であるのに 1, 3, 5, 7

の四つの根を持っていて, ここでも明らかに「 丁度 n 個 」という制限が崩れている.

 自然界はこの様な自由度を保存する為に「 基本定理 」→「 数体 」,「 数体 」→「 基本定理 」が云えても

 「 基本定理 」,「 数体 」がそれぞれ独立に真であるとは云えないようにしていたのだとも考えられる.

 これは困ったことの様に見えながら実は我々には都合の良いことであるとも考えられる.なぜなら,

 「 新数体 」→「 新基本定理 」,「 新基本定理 」→「 新数体 」の創造の可能性を自然界が人類に託して

くれているのだと考えればむしろ有難いことであるかも知れないからである.(専門的には群論がこれに当たる.)

 カントールの有名な言葉を借りれば「 数学の生命はその自由さに有り 」と云えるであろう. 
 
 ガウスやコーシーの数学の長所でもあって短所でもある点はいたずらに「 厳密さ 」や「 無矛盾 」を要求する

ところにあるとも考えられ無くはない.自然界はほんの少し「 曖昧さ 」や「 矛盾 」を持っている場合がある.

 私はこれを「 生成の為の曖昧さ 」あるいは「 生成矛盾 」と呼ぶことにしている.
 
 この様な「 生成矛盾 」の例として「 整数論の ω 矛盾 」「 ゼノンの逆理の飛ぶ矢の矛盾 」「 光の粒子波動性 」

「 光速度の特殊相対性 」「 量子力学の量子仮説 」などがある.( しかもゼノンの逆理は解析学にも無影響でない. )

 しかしこの様な「 生成矛盾 」も現代では「 避けるべきもの 」というよりはむしろ「 受け入れるべきもの 」

と考えられているようである.なぜなら, そうすることで初めて自然界の持つ「 深遠さ 」を垣間見ることが可能

となるであろうから.

 時として循環論法や曖昧さや矛盾が自然界の持つ創造性の反映である場合も少なくない.

 その意味を注意深く探って見ることで自然界に対するさらに深い理解が生まれるかも知れないのである.



  さらに蛇足ながら, 先述の五次式恐竜骨格の根の解法のネタバラシをしておく.

 半円状の断面を持った樋(とい)を上に凸の放物線状に曲げてx 軸を跨ぐように y 方向に対称に橋のように架け

たとする.これを潜在放物線と見立てるのである.

 このとき 0 でない 一定の y の値の x-|w| 平面に平行な少なくとも二枚以上の切断面で樋の一番低い共通の

 x 座標が現われる.こうして複素数解の実部 x = α が決定できる.後はこのまま y 方向に放物線を追跡して 

 |w| = 0 となるような y = β を見出せば z = x + iy = α + iβ が複素数解となる.

 近似解でいいというのならこのやり方も比較的簡単に n 次式を解く方法ではある, 自己流ながら.


  また単に零点だけを知るだけの作図の場合 |w| を対数で目盛ると広い範囲の表示が可能となる.

 ただし, この場合 |w| の方向に +1 だけ加算しておかねばならない.

 こうすると |w| = 1 のとき元の関数の零点となる.対数では 0 が表示できないことによる.
  

  例えば 一番目で y の値を固定し, 二番目で x の値を低い方から高い方に増加するように差分の和として与え,

これに伴って |w| を求め, 三番目でこれを三次元的な座標の点として図示するような断面図プログラムを高級言語

で作ったとすれば, これは実用的な意味の超幾何級数にあたる.根の座標を丁度含む切断面は根の表示の無限項まで

の総和に相当している.断面図作図の問題は簡易な方法でありながら超計算であり超数学なのかも知れない.

 ( y は変化しないので「不易」で x は変化するので「流行」と見なすと「不易流行」法。(笑))
                                               
                                                                                        (2006/2/1)
  

 かつて広中平祐博士が「 学問の発見 」の中で述べておられていたことであるが, 

 いわゆる「 標数 0 の体上における特異点解消の問題 」を見事解決され数学の分野におけるノーベル賞に相当するフィールズ賞を受賞されたときに,

解決の重要なヒントになったことは遊園地のジェットコースターの地面に写っている影には特異点にあたる鋭い尖りが有るが, 

ジェットコースターの軌道そのもの自体は滑らかな曲線であって, ここには特異点が無いということに気づかれ, 

自分の解こうとしている問題は丁度この逆写像に当たるのだということから解法を悟られたという.

 「 像 ⇔ 式 」の範例がここにある.


                                              (2006/2/4)
§6.基本定理の証明をより完璧にするための最後の詰め.


  数学の専門書や歴史上のガウスやコーシー等の証明, また散見されるホームページ上での代数学の基本定理

の証明の中にあるおかしさを要約するとだいたい以下のようにまとめられる。


 以下で f(z) は実数係数の n 次式であるとする.

 代数学の基本定理とは f(z) が複素数体 C 上で丁度 n 個の根を持つという意味であるとする.

 その証明を大まかに分類すると主に次の三つにまとめられる.


 (1) f(z) が C 上に根を持つことが初めから前提となっていて, そこから丁度 n 個であるとする筋書きによる証明.

内容そのものは良く工夫されていて間違いでもない, しかも非常に流麗であることも少なくない.

 しかしこの論法のおかしさはどうして初めから根が C 上になければならないかの理由が不明.

 この種類には, ガウスの第一証明, コーシーの証明, コーシーの定理を用いた証明, 留数定理や複素周回積分等を

用いた証明,リュービルの定理を用いた証明などがある.

 この論法では f(z) が C 上に少なくとも一つは根を持つことを示し, 帰納法によって n 個あると結論するのが

普通のようである.

  また f(z) が C 上に少なくとも一つは根を持つことを示す為に, 初めは C 上に無いと仮定しておいて矛盾を導き

背理法によって C 上に在るとするものが多い.

 この論法による正しい証明の手順を列挙すると以下のようになる筈である.

 1.f(z) に根が在るとしても C を真部分体に持つ拡大体上や C の部分体ではない体上には無いことを示す.

 2.f(z) の根が C 上に在ることを示す.このときそのことを直接示すかあるいは背理法を用いる.

 3.例えば帰納法により f(z) が丁度 n 個の根を持つことを示す.

 この方針による証明では上の 1.が大抵の場合において抜けているか曖昧である. 
 

 (2) f(z) が丁度 n 個根を持つことが前提となっていて, そこからその根が C 上にあるという筋書きによる証明.

 私の知る限りでは, この筋書きによる証明は極めて少なく, ガウスの第二証明がこれにあたる.

 ここでもどうして根が丁度 n 個でないといけないのかという理由が不明である.


 (3) f(z) が何か根を持ってはいるが, この根が C 上にあるとか n 個あるとかは一切不明であることを前提とした

証明.この筋書きによる証明で十分信頼できるような特に歴史上の証明は私の知る限り皆無である.


 基本定理の証明の結論の主張で「 根が C 上にある 」を結論の前半,「 根が n 個ある 」を結論の後半と呼んだ

とする.

 結論の前半が真であるという仮定から出発して結論の後半が真であると云える論法が存在する.( 上の(1)の場合 )

 結論の後半が真であるという仮定から出発して結論の前半が真であると云える論法が存在する.( 上の(2)の場合 )

  しかしこの論法の内のどちらであるにせよ結論の前半と後半が共に真であるとは云えていない.

 ゆえに代数学の基本定理は現代でも今だ完全な証明には至っていないと云える.

( これを推理小説風に例えて云えば,

 「 犯人が猫だと仮定すると n 匹いることが云える 」そして「 犯人が n 匹だと仮定すると猫であることが云える 」

 「 ゆえに犯人は n 匹の猫たちである 」と結論付けた迷探偵と似ている.この探偵,

 「 犯人は n 匹でもなければ猫たちでもない 」という場合を見落としている.

 たとえ一流の数学者であると云えども相当の難問である場合には苦し紛れにこのような過ちを犯してしまい易いのが

数学の常である.


  「 犯人は n 匹でもなければ猫たちでもない 」例として次の様な2次式の場合がある.

 ハミルトンの四元数上の方程式  

 f(z) = z2 + 1 = 0 

 は i, j, k, -i, -j, -k の少なくとも 6 個の根たちを持っている.

 これらは皆独立した根たちであって, 根たちの間では,

 i2 = j2 = k2 = -1, ij = k, jk = i, ki = j, ji = -k, kj = -i, ik = -j

の関係がある.

 ただこの体の特徴は乗法の交換法則が成立しないこと, 零因子が存在することである.

 従って, 予め乗法の交換法則と零因子不存在を前提とすれば四元数の場合を防ぐことは出来るかも知れないが, しかし

 係数の体上ではその前提が成り立っていても拡大体上ではそれが崩れてしまうということは有り得ると思える.

 ゆえに初めからこの様な超複素数体の存在を前提としない二者択一的な背理法による証明は明らかに誤りとなる.

 例えばリュウビルの定理を用いた証明で複素数体上に根を持っていないと仮定すると矛盾する, ゆえに複素数体上に

根があるという論法は少し間違っている.なぜなら複素数体以外は全てダメだとは云えていないからである.

 他の根がここで示した四元数上とかもっと別の超複素数体上に無いとは云えていないからである.

 より正確には「 少なくとも複素数体上には根がある 」と言い換えるべきではないだろうか?)


  ともかくも歴史上は複数あるガウスの(四つの)証明を通して, その内部に間違いや疵が全く無かったと仮定して, 

  ガウスは「 根が C 上にある 」ことと「 根が n 個ある 」ことが必要十分の関係にあると云うことを示したのだ

ということだけは云えよう.


 結局のところ代数学の基本定理を正確さを失わずに表すには, 現代の代数の教科書にあるように,

「 実数体を R, 変数を z として, R 上一変数多項式環 R[z] の既約多項式は一次式か二次式に限られる.

 このとき既約二次式の判別式は負である.」

としておくのが無難であると云えるようだ.( 定理1-3の証明参照 )

  さらに,

 [定理1-3’]

 複素数体を C, 変数を z として, C 上一変数多項式環 C[z] の既約多項式は一次式に限られる.

  すなわち C[z] の 任意の n 次式 f(z) は全てが n 個の一次式の積で表される.

 [証明]

 γn-1, γn-2, …, γ1, γ0 たちを複素数とし,

  f(z) = zn + γn-1zn-1 + γn-2zn-2 + … + γ1z + γ0

を考える.

 γn-1, γn-2,…, γ1, γ0 たちの共役複素数を γn-1c, γn-2c, …, γ1c, γ0c とする.

  f(z) の係数だけを共役複素数と置き換えた式を fc(z) と書けば,

  fc(z) = zn + γn-1czn-1 + γn-2czn-2 + … + γ1cz + γ0c

と表せる.

  ここで s, t を自然数, γn = 1, 0 ≦ s ≦ n, 0 ≦ t ≦ 2n - 1

とすれば,

 f(z)fc(z) = z2n + ∑(t≠2s)( γsγt-sc + γscγt-s )zt + ∑(t=2s)( γsγsc )zt 

ここで,

 γsγt-sc + γscγt-s, γsγsc ∈ R

となる.( ∵ ( γsγt-sc )c = γscγt-s )

 ゆえに, f(z)fc(z) は R 上の 2n 次の多項式となる.

 ゆえに, 定理1-3 から既約一次式と判別式が負の既約二次式の積で表される.

 ところが判別式が負の既約二次式は複素数係数の二つの一次式の積で表せる.

  この結果 f(z)fc(z) は 2n 個の C[z] の一次式の積となる. 

 また f(z) と fc(z) は同個数の一次式の積となる.

 ( ∵ (fc(z))c = f(zc) )

 ゆえに f(z) は n 個の C[z] の一次式の積となる.//

                                            (2006/02/22)

 [定理6] ( 代数学の基本定理 )

  実数体 R 上の n 次の一変数多項式 f(z) が仮想的拡大体上で n 個の根 ρ1, ρ2, …, ρn を持つと仮定すれば

これらの根たちは全て複素数体 C 上にある.

 [証明]

 証明に先立ち以下の三つを前提とする.

 (1)変数 z は如何なる数体上にあるかはまだ不明であるとする.

 (2)与えられた R 上の n 次式 f(z) を,

  a1, a2, …, an-1, an ∈ R,

  f(z) = zn + a1zn-1 + a2zn-2 + … + an-1z + an

とする.
 
 (3)f(z) が仮想的な拡大体上の n 個の数たち ρ1, ρ2, …, ρn によって,

 f(z) = ( z - ρ1 )( z - ρ2 )…( z - ρn )

に分解されるとする.

 すなわち, 根と係数の関係から, ∑を単形対称式として,

 a1 = -∑ρ1, a2 = ∑ρ1ρ2, …, an = (-1)n∑ρ1ρ2…ρn 

で表せるということが既に云えていると仮定する.

  この証明の目的は上記三つの前提の下で ρ1, ρ2, …, ρn たちが全て複素数体 C 上にあることを示すことにある.


 また, 以下の証明では ρ1, ρ2, …, ρn の対称式は f(z) の係数の体上にあることを既知とする.

 ( 別記「 円分多項式の既約性の証明 」の 「 ウェアリングの結果の証明 」の項参照. )

 すなわち ρ1, ρ2, …, ρn の対称式は実数となることを既知とする.


 次のような多項式たち μ(a,b), ν(a,b), g(a,b,t), G(z,t) を定義する,

 a, b ∈ {自然数}, 1 ≦ a < b ≦ n,

  μ(a,b) = ρa + ρb,

  ν(a,b) = ( ρa - ρb )2

  ∀t ∈ R,

  g(a,b,t) = z - μ(a,b)t - ν(a,b)

  G(z,t) = Π(a<b) g(a,b,t)

      (  = g(1,2,t) × g(1,3,t) × g(1,4,t) × … × g(1,n-1,t) × g(1,n,t)  

        × g(2,3,t) × g(2,4,t) × … × g(2,n-1,t) × g(2,n,t)

        × g(3,4,t) × … × g(3,n-1,t) × g(3,n,t)

                   …   …   …

        × g(n-2,n-1,t) × g(n-2,n,t)

        × g(n-1,n,t)   )

  G(z,t) は互換 (1,j) (j=2,3,…,n) に対して不変で, 従って n 次の対称群 Sn の全ての変換で不変.

 ゆえに G(z,t) の全ての係数は ρ1, ρ2, …,ρn の対称式となる.

 ゆえに G(z,t) は実数係数の z の n(n-1)/2 次式である.


 f(z) が実数係数の一次式か既約二次式で割り切れることが示せれば帰納法から定理は証明されたことになる.

  それはまた, f(z) の仮想的な根たち ρ1, ρ2, …, ρn の内の少なくとも一つが C 上にあることが云えれば良い.

 ( この事実を f(z) は C 上可約であると云う.)

 ゆえに以下この方針で証明する.


 n が任意の奇数ならば f(z) は必ず一つは実根を持つことが云えるのでこの場合は合格として良い.

( ∵ n が奇数ならば f(-∞)f(∞) < 0  ゆえに -∞ < c < ∞, f(c) = 0 となる実数 c が存在する.)
 
  n が偶数であるとき適当な自然数を m, 任意の奇数を h として,

  n = deg f(z) = 2mh

と表して良い.( 以下の証明で n の約数のうち 2m の m について帰納法を用いる.) 


  (1) m = 1 のとき,

  既に示した如く f(z) の次数が奇数のとき, すなわち,

 n = deg f(z) = h  ( h は任意の奇数 ) 

で f(z) は R 上可約であった.

  さらに f(z) の次数が偶数になって 

  n = deg f(z) = 2mh = 2h ( h は任意の奇数 ) 

であったとする.  

 このとき G(z,t) は

 deg G(z,t) = n(n-1)/2 = 2h( 2h - 1 )/2 = h( 2h - 1 )

             = hh', ( hh' は奇数 )

  ゆえに, この次数で f(z) が R 上可約であった如く G(z,t) もまた R 上可約である.

  ゆえに G(z,t) の n(n-1)/2 個の一次因数たちの内で,

  g(a,b,t) = z - μ(a,b)t - ν(a,b) = 0   ( z ∈ R )

となるものが少なくとも一つは存在する.
 
 ところが

  G(z,t) において 1 ≦ a < b ≦ n となるものは n(n-1)/2 個であるのに対して t は無限に多く選べる.

 ゆえに
 
  t1 ≠ t2,  z1, z2 ∈ R,

 g(a,b,t1) = z1 - μ(a,b)t1 - ν(a,b) = 0,

 g(a,b,t2) = z2 - μ(a,b)t2 - ν(a,b) = 0

となるものが少なくとも一組は存在する.

  ∴ μ(a,b) = ( z1 - z2 )/( t1 - t2 ) ∈ R

  ∴ ν(a,b) ∈ R

  ∴ √ν(a,b) ∈ R  ( ν(a,b) ≧ 0 のとき ) 

 または √ν(a,b) ∈ C  ( ν(a,b) < 0 のとき )

  ∴ ρa + ρb ∈ R

  ∴ ρa - ρb ∈ R  ( ν(a,b) ≧ 0 のとき )

  または ρa - ρb ∈ C  ( ν(a,b) < 0 のとき )

  ∴ ρa, ρb ∈ R  ( ν(a,b) ≧ 0 のとき )

 または ρa, ρb ∈ C  ( ν(a,b) < 0 のとき )

 ところが 

  C ⊃ R

 ゆえに m = 1 で f(z) は C 上可約であるとして良い.


 (2) m-1 ( m ≧2 ) のとき,

  n = deg f(z) = 2m-1h  ( h は任意の奇数 ) 
 
で f(z) が C 上可約であることが既に示されたと仮定する.


 (3) m ≧2 のとき,

 n = deg f(z) = 2mh  ( h は任意の奇数 ) 

であるとする.

 このとき G(z,t) は

 deg G(z,t) = n(n-1)/2 = 2mh( 2mh - 1 )/2 = 2m-1h( 2mh - 1 )

             = 2m-1hh', ( hh' は奇数 )

 ゆえに, この次数で f(z) が C 上可約であった如く G(z,t) もまた C 上可約である.

  ゆえに G(z,t) の n(n-1)/2 個の一次因数たちの内で,

  g(a,b,t) = z - μ(a,b)t - ν(a,b) = 0   ( z ∈ C )

となるものが少なくとも一つは存在する.
 
 ところが

  G(z,t) において 1 ≦ a < b ≦ n となるものは n(n-1)/2 個であるのに対して t は無限に多く選べる.

 ゆえに
 
  t1 ≠ t2,  z1, z2 ∈ C,

 g(a,b,t1) = z1 - μ(a,b)t1 - ν(a,b) = 0,

 g(a,b,t2) = z2 - μ(a,b)t2 - ν(a,b) = 0

となるものが少なくとも一組は存在する.

  ∴ μ(a,b) = ( z1 - z2 )/( t1 - t2 ) ∈ C

  ∴ ν(a,b) ∈ C

  ∴ √ν(a,b) ∈ C      ( 補助定理6-1参照 )

  ∴ ρa + ρb ∈ C

  ∴ ρa - ρb ∈ C

  ∴ ρa, ρb ∈ C

  ゆえに (1), (2), (3) から m についての帰納法により, f(z) はいかなる次数 n においても C 上可約である.

  これで証明される筈であった.//


  [補助定理6-1]

 任意の複素数 z の平方根 √z はまた複素数である.

 [証明]

  x, y, r ∈ R, 0 ≦ θ < 2π

  z = x + iy = r( cosθ + isinθ )

  r = √(x2+y2)

  cosθ = x/r, sinθ = y/r

  ドモアヴルの定理から,

 ( cos(θ/2) + isin(θ/2) )2 = cosθ + isinθ

  ( cos(θ/2+π) + isin(θ/2+π) )2 = ( -cos(θ/2) - isin(θ/2) )2 = cosθ + isinθ

  ∴ √z = ±|√r|( cos(θ/2) + isin(θ/2) )  ( 0 ≦ θ < 2π )


 一方, これを三角関数を用いないで書き直せば,

  cos(θ/2) = ±√((1+cosθ)/2) = ±√((r+x)/r/2), sin(θ/2) = ±√((1-cosθ)/2) = ±√((r-x)/r/2) 

  ∴ √z = ±√((r+x)/2)±i√((r-x)/2)

         = ±√((√(x2+y2)+x)/2)±i√((√(x2+y2)-x)/2)

  複号は以下のように分けられる.

     √z = ±(√((√(x2+y2)+x)/2) + i√((√(x2+y2)-x)/2))    ( y ≧ 0 )

     √z = ±(√((√(x2+y2)+x)/2) - i√((√(x2+y2)-x)/2))    ( y < 0 )

 いずれにせよ √z は複素数である.//


  上の基本定理の証明で μ(a,b), ν(a,b) は ρa, ρb の対称式なら何でも良いと思える.

 より簡単には ρa, ρb の和差積商のどれであっても良いと思える.

 ただ差のときは自乗して置かないと係数が根の対称式とならない.

 和と差を取ることにすると任意の複素数の平方根が複素数であると云えてしまえば, 直に ρa, ρb の複素数である

が云えるので都合が良いと考えてこのように変えて見た.(^_^;)

 歴史的な意味でガウスの第二証明では和と積を採用しており, 数学の専門書でも普通はそうなっている.

 ただ細かく云えば t を 和の方に乗じるか積の方に乗じるかは決まっていないようである.

 しかしながらガウスの第二証明における初めの着想は,

 ( z - ρa )( z - ρb ) = z2 - ( ρa + ρb )z + ρaρb

  = x - ( ρa + ρb )y + ρaρb

とすることから来ていると考えられる.

 そのような理由から伝統的に和と積を取ることが多いのかも知れない.
 
                                            (2006/2/28)


  今掲げた証明は全てが代数的な事柄だけで閉じていて徒に微積分的な予備知識を必要としない.

 よって代数学について初級者用の本を著す場合があったと仮定して冒頭付近でその証明を与えておくという様なこと

も不可能ではないと思える.

                                                                                          (2006/3/12)

  上の議論では実数や複素数というものを連続性によって厳密に定義する必要はない. 
 
 むしろ有限個の有理数で得られる不等式で挟まれている部分を無理数であると見なすのである.

 さらに複素数の正方眼を取り単位正方形の左下の複素座標でこの単位正方形内の全ての複素数を代表させる.

 これを便宜上の複素数とでも呼べば良いかも知れない.

  実用的にはそれが最も信用できる事実であると考えられる.

 面白いことに, あまり厳密にしすぎるとかえって疑わしくなって来る.

 むしろ厳密な数学とは確実に正しいと言えることだけを正しいとしている数学であると言えよう.

 言えそうもないようなことまで無理に言わなくてもいいし言えなくてもいいのである.

  実数の連続性を信じなければならないのだとすれば数学が宗教になってしまう.

( 私がBGMで賛美歌風の曲を流しているのも少なからずこの理由による.笑 )

 例えば論理記号で書かれた数学を人間が理解するのは知性によるのか?感性によるのか?

 私には感性であると思えてならないときがある.

 だとすると論理数学は当初の目的に反してもはや知性の学問ではなくなってしまっている.

 「 一尺と十尺の区別を精密機械でやれと教えるようなことが科学教育でもあるまい (寺田寅彦)」

 たとえ目分量であっても実用的には困らぬことも多い, いやむしろ理論以上に確実なるときがある.

                                                                                          (2006/4/5)
  例えばデデキンドの実数論は

 (1)「切断」という手法により「有理数」と「無理数」を含む全ての「実数」を定義する.

 「有理数」の特徴を「稠密性」で, 「実数」の特徴を「連続性」で捕らえ両者を明瞭に区別する.

 すなわち「稠密性」は「連続性」に及ばざること遠しと考えるのである.

  あるいは「有理数」と「無理数」を明瞭に区別するのだと考えても良い.

 ここまではいいのである.しかし,

 (2)微分や積分を定義する段階で極限値記号が登場する.

 例えば, ( → で極限値記号の ℓim を代用しておけば ), e を自然対数の底として,

 ( n → ω )( 1 + 1/n )n = e ( = 2.718 … )

という極限値の表示を考えてみる.

 左辺の ( 1 + 1/n )n はどう見ても稠密な有理数の上にしかない.

 ところが ( n → ω ) に至って右辺は突然 e に変貌している.

 この e は有理数係数の有限次の代数の根では無いような超越数と呼ばれる無理数である.

 問題点は

 第一条の「切断」により 表面上は「有理数」と「無理数」の「不可侵条約」を「締結」しておきながら,

 第二条の「極限値」により, この「不可侵条約」を突然「破棄」して

 「有理数」から「無理数」への「侵略」ないしは「越境」を企てているところにある.

 さらにわざと悪く言えば第二条で第一条が骨抜きにされてある.たちの悪いことこの上もない.(笑)

 幸い数学者に穏健派が多いお陰で紛争もなく無事に済んでいる.といったところか.

 我々一般庶民の立場からいうなれば「微積分」を採用するにあたっては常に「有理数」と「無理数」

の区別を放棄するぐらいの覚悟ないしは同意がなければならぬということであろうか.


  私はデデキンド贔屓なのでこれ以上には悪く言うのは気が引けるが,

 デデキンドはどうして両者を区別したのか, その必要が本当にあったのだろうか?

 むしろ第一条のところで

 「 有理数と無理数の区別はむしろ一時的なものであって後に極限値の導入によりこの区別は取り払われる.」

とでも明記しておけば良かったというべきであろうか.

 私の頭の中ではおぼろげながら

 「無理数」-「有理数」=「極限演算」

という仕掛けが組み上がっている.

 あるいは単一で連続な増加関数の曲線とその漸近線を接触させようとする飛躍が極限演算であるというべきか.

 ( 上手く定義された有理数列の上を跳び跳びに移動しても極限的には無理数が定義できるのであってみれば,

 始めから実数の連続性など仮定する必要もなかったことであると私は思っている.

 デデキンドは実数の連続性を証明したのではなく切断という手法で説明して,しかる後これを公理として認めろと

要求したにすぎない.証明できないことならばそれほどの強い拘束力もまた持つとはいえまい.

 無理数なるものは理想的には存在していても現実的には実在していないかも知れないのである.

 数学にもリアリズムというものがあるとしてみればリアルな数とは p 進有限桁の有理数だけである.

 私はこれを実在数とでも呼べばいいと考えている.有理数でさえその全てが実在数では無いのである.

  極論を云えばデジタル計算機のレジスタ上に存在し得る数のみが実在である.それ以外は仮である.

 いみじくも数千年前にピタゴラスが言った「万物は整数である」という言葉は今におき真実である.)

 極限値記号にせよ積分記号にせよこれらの記号には特有の曖昧さが隠蔽されてあるような気がしてならない.

 筆者と読者の間でどこで誤魔化しどこで誤魔化されたのかも分らぬようなものが「厳格」であろうはずがない. 

 「高等数学」なるものが論理記号の美名の下に高等に不都合を隠蔽するような程度のものであってはなるまい.

 「論理」と銘打って「非論理」的なるものをいかにも「論理」的に扱うておるかのように装うは名前で本質を

偽ろうとする企みであり「羊頭狗肉」というべきである.<`ヘ´>

 私はあまり正確とか厳密ではないけれどもと一応ことわってから実質的には充分信用のできる方法で述べてある

ような応用数学をむしろ健全な数学であると考えている.

                                                                                      (2006/4/8)

  自然対数の底 e の話が出たついでに基本的な性質を証明付きで述ておこう.

 n を自然数として,数列 an を

 an = ( 1 + 1/n )n

で定義する.

 [定理 E-1]

  an < an+1

  [証明]

  ((n+1)/n)n+1 - ((n+2)/(n+1))n+1

  = (1/(n(n+1)))( ((n+1)/n)n + ((n+1)/n)n-1((n+2)/(n+1)) + … + ((n+2)/(n+1))n )

  < (1/(n(n+1)))(n+1)((n+1)/n)n = (1/n)((n+1)/n)n

  ((n+1)/n)n+1 - ((n+1)/n)n = (1/n)((n+1)/n)n

  ∴ ((n+1)/n)n+1 - ((n+2)/(n+1))n+1 < ((n+1)/n)n+1 - ((n+1)/n)n                 

 ∴ ((n+1)/n)n < ((n+2)/(n+1))n+1 

 ∴ an < an+1

  //

  [定理 E-2]

  an < 3

  [証明]

  an = ( 1 + 1/n )n

  = 1 + nC1(1/n) + nC2(1/n)2 + … + nCm(1/n)m + … + nCn-1(1/n)n-1 + nCn(1/n)n

  = 1 + (n/n) + (n/n)((n-1)/n)/(2!) + … + (n/n)((n-1)/n)…((n-m+1)/n)/(m!) +

   … + (n/n)((n-1)/n)…(2/n)/((n-1)!) + (n/n)((n-1)/n)…(1/n)/(n!)

  < 1 + 1 + 1/(2!) + … + 1/(m!) + … + 1/((n-1)!) + 1/(n!) 

  < 1 + ( 1 + 1/2 + (1/2)2 + … + (1/2)m-1 + … + (1/2)n-2 + (1/2)n-1 )

  = 1 + ( 1 - (1/2)n )/( 1 - 1/2 ) = 3 - (1/2)n-1

  < 3 

  //

  こうして E-1, E-2 から an は 3 未満の一定の実数 e に収束すると云える.

 これを経験的に求めると,

 e = 2.718 …

となる.

 自然数 n を定数, 自然数 m を変数,

  x = m/n

となるような有理数 x を変数として

  f(x) = ( 1 + 1/n )nx = ( 1 + x/m )m 

を考える.

  f(x) を x で一回微分すると,
              
  f'(x) = m( 1 + x/m )'( 1 + x/m )m-1 = m(1/m)( 1 + x/m )m-1 = ( 1 + x/m )m-1

 ここから

  ( n → ω )f(x) = ex,  ( n → ω )f'(x) = ex/( 1 + 1/n ) = f(x)

であることが出る.

 ∴ ( ex )' = ex   

 このことから

 [定理 E-3]

  ex = 1 + x + (1/2!)x2 + … + (1/n!)xn + …

  [証明]

 上式の左辺は x = 0 で無限回微分でき, そのどれもが e0 = 1 となる.

 ゆえにマクローリンの展開式で展開して良い.

 a0, a1, a2,… ,an

を不明な係数としてこれを決定しよう.

 ex = a0 + a1x + a2x2 + … + anxn + …

と展開できたと仮定する.

 ( x = 0 ) ex = 1 = a0

  ( x = 0 ) ( ex )' = 1 = a1

  ( x = 0 ) ( ex )'' = 1 = (2!)a2

             …

 ( x = 0 ) ( ex )(n) = 1 = (n!)an  

  //

 ex は実数や複素数に拡張しても成り立つことが知られていて二階微分方程式の解法では欠かせない関数である.

 デデキンドが実数の連続性の公理の必要性を感じた理由の一つにこのような関数の正確な議論も含まれている.

  [定理 E-3']

  e = ( n → ω )( 1 + 1/n )n = 1 + 1 + 1/(2!) + … + 1/(n!) + … + 1/(ω!)

  [証明]

  E-3 で x = 1 を代入.

 // 

  E-2, E-3' からも,

 2.5 < e < 3

であることが窺い知れる.

 E-3'の式は第一項から有限項までの和は常に有理数だが無限項までだと無理数になってしまうことになる.

 ここから譬えて云えば有限桁の有理数は現在完了形で e のような無理数は現在進行形であると云えよう.

 紛らわしいものとして

 1/3 = 0.333 …

のような有理数は現在進行形のように見えるが 3 進数を用いると

 1/3 = 3-1 = (0.1)3

となって現在完了形にできる.

 したがって無理数とはいかなる p 進数を用いても現在進行形であるような数のことであると云えよう.

  先ほどの

 ( n lim → ω )( 1 + 1/n )n = e

の記号をもう少し正確に書き直してみよう.

「 与えられたる正の微小な実数を⊿とする.

 閉区間 [(1+1/n)n,(1+1/n)n+⊿] が e を含む最小の自然数 n が存在する.」

 ( ∀⊿∈R, ⊿>0, 

    ∃n( n∈z+ ∧ min(n)([(1+1/n)n,(1+1/n)n+⊿]⊇e) )

 これだと有理数がいつの間にか無理数になってしまうとか無限回の計算とかの神秘性が防げている.

  e は現在進行形で動いているけれども上の項に行くほど活動範囲が鈍ってきている.

 ゆえに適当な誤差⊿を与えることで⊿の檻の中に e を捕獲することができる.

 誤差を付けなくても直接表示できるような数までそうする必要はないにしても

 e のような無理数は動的であるがために誤差⊿を付けない限り捕らえようが無いとも云える.

 こうして無理数であっても有限個の有理数と誤差を用いることを許すならば直接表示ができる.

 またそのような方法しか直接表示が無いとも云えよう.


 さてここで有理数係数の n 次の代数方程式 w = f(z) の話に戻ろう.

 ⊿x, ⊿y, ⊿w を与えられた微小な正の有理数とする.

 p, q を整数として,

 z(p,q) = p⊿x + q⊿yi

  w(p,q) = f(z(p,q))

と定義して,

 配列変数 T の第 p 行 第 q 列の要素を t(p,q) とする.

 そこで,

  |w(p,q)| ≧ ⊿w  →  t(p,q) = 1

  |w(p,q)| < ⊿w  →  t(p,q) = -1

とする.

 しからば f(z) = 0 の近くでは t(p,q) に -1 の閉区間がある.

 これを負の閉区間と呼ぼう.

 後はこの付近で同様な細分化と負の閉区間の検索を繰り返すならば小さな誤差⊿で根の表示が出来る.

 n 次方程式では適度に細分化が進めば負の閉区間が丁度 n 個あると云えれば

 代数学の基本定理と同値のことが云えたことになる.

  これを加算順序的な代数学の基本定理と呼べばいいと思っている.

 この方法では連続した実数や複素数は不要である.  


 類似の方法で中間値の定理, 平均値の定理, ロールの定理の証明が可能である.

 ここでも実数の連続性は特に仮定する必要はない.

 これらも加算順序的な中間値の定理, 平均値の定理, ロールの定理と呼べばいいと思っている.

  
  一点と一点ではなく半閉区間と半閉区間を対応させてもデデキンドと似た数学が真似られる. 


 「 鹿に渡れるひよどり越えを馬に渡れぬわけがない(源の義経)」

 「 デデキンドの連続の数学を不連続で真似られぬわけがない(PCM)」

                                              (2006/4/12)
  数の実在(在り方)には階級があると思う.

 整数は第一級の意味で在る.

 有理数は第二級の意味で在る.有理数が第二級なのはこれが二つの整数の比の形で述べられて在るからである.

 有理数を分数表示した場合それは分数の形で説明されてそこに在る.ゆえに有理数は整数に次いでいる.

 ゆえに整数が第一級ならば有理数は第二級である.

 ここで詳しくいうのは避けるが無理数は先述の e のように有理数の極限値の形で述べられてそこにある.

 そういう意味では無理数は有理数に次ぐものであって第三級となる.

 デデキンドが「切断」によって表そうとしたことは有理数を使った極限的説明からこの無理数の実在を認める

までの一連の手続き(儀式)のシンボル化なのだと思う.

 もし無理数があるとすれば第三級の意味でそこに在り, 無いとすれば第一級や第二級の意味で無いのである.

 そしてまた別の意味で無理数は「実験室的」な意味でそこに無い.

 実際に無理数を小数展開で表示しようとすると少なくとも空間的, 時間的に妨げが必ず起こって実現しない.

 ただデデキンドの有理数の極限値を用いた切断で定義された実数の連続性は数の世界を合理的, 律法的にはする

のであってここがデデキンドの着眼の聡明なるところである.

 デデキンドの他にもカントール, ワイヤシュトラス等の無理数論があるがいずれも第二級の利用による第三級の

説明という点では同義的であると思える.

 哲学的に云えば物自体と物の説明との区別があってそういう意味でも有理数と無理数では在り方が違う.

 明らかに無理数は有理数を使って説明されてそこに在る.よって無理数は有理数より間接的である.

 宗教にたとえると「 神の目の当たり的な存在の事実 」と「 神の存在の説明文 」の違いとでもいうべきか.

 しかし侮ってはいけない古代国家において宗教の導入がその国の律法化(律令化)を促進してもいた.

 デデキンドによる連続している実数という考え(思想)は数学の世界をより一貫して規則化させたと云えよう.


「 神の愚かさは人よりも賢い(聖書)」

  晩年の数学者ガウスはゲッチンゲンの一名誉市民として聖書を愛読して暮らしていたという.

 ここに科学性と神秘性の同居している善良な人間ガウスがある.私はこれを微笑ましく好ましく感じる.

 デデキンドはこのガウスの愛弟子の一人であった.


 デデキンドの連続した実数を認めるにしても, 全ての実数が有理切断だけで生じるといえるのか?

 あるいはカントールのように有理数の極限的な基本数列の四則だけで全ての無理数が定義できるのか?

 それより複雑な無理数はないのだろうか?

 カントールの加算濃度と連続体濃度の中間の濃度を持つ数の存在の問題もそこら辺りを指しているのだろうか?

 私のような破れ長屋の住人にはあまりにも高尚すぎるお話ではあるけれども.


  ・・・


 さてここらで少し肩の凝らないお話に戻そう, というか e にまつわる私の取っておきの自作の笑い話をしよう.

 古代ギリシャ哲学で有名な「 ゼノンの逆理 」の「 飛ぶ矢は静止している 」のお話である.

 これをゼノンと同じ話で述べたのでは余りにも能がなさ過ぎるし, しかも冗長で難解である.

 それで少し現代版に焼き直してお話する.


 1 [m/sec] で正確に一直線で飛んでいる矢があったとする.

 精密なビデオカメラがあってこれを正確に等間隔で n [枚/sec] で撮影したとする.

 すると写されたフィルムの矢の像の f 枚目と f + 1 枚目の差は 1/n [m] に相当するはずである.    
  
 もし仮に理想的に超精密なビデオカメラがあってこれで同様に正確に ω [枚/sec] で撮影したとする.

 ( ω で無限に大きな自然数を表している.)

 このとき写されたフィルムの矢の像の f 枚目と f + 1 枚目の差は 1/ω = 0 [m] に相当するはずである.

 すなわちフィルムの矢の像は全くズレていない.

 ならばそのようなフィルムを何枚重ねても矢は静止しているはずである.

  しかしながらこの矢は実際には飛んでいた.

 どうしてだろう?


  さて先ほどの

 ( lim n → ω )( 1 + 1/n )n → e

においても同様の謎が発生している.

 ( lim n → ω )( 1 + 1/n ) → 1

と考えたとする.

 すると 1 は何回掛けてもたとえ無限回掛けても 1 のままのはずである.

 しかし実際には e は 2.5 と 3 の間にある.

 どう考えても不思議である.

 残念ながら私の素朴な頭脳は未だにこれが明瞭に納得出来ないままで今日に至っている.

                                                                                      (2006/4/15)
  
  ついでにもっと面白いとっておきを・・・。

 論理記号は記号的に使い方が正しくても意味的に正しいとは限らないという実例.

 集合 A があるとする.その補集合を Ac と書くとする.

 A ⊆ A ( A は A を含む )

  Ac ⊆ Ac ( Ac は Ac を含む )

  ここまでで記号的な使い方という点では少しも間違っていないはずである.

 これで準備完了.

 さて, 仮に A を「 自分自身を含む集合 」と名づけたと仮定する.

 そうすると Ac は「 自分自身を含まぬ集合 」と名づけられる.

 すると,

 A ⊆ A (「 自分自身を含む集合 」は「 自分自身を含む集合 」を含む )

 ここまではおかしくないと考えられるが, しかし,

  Ac ⊆ Ac (「 自分自身を含まぬ集合 」は「 自分自身を含まぬ集合 」を含む )

 なら「 自分自身を含まぬ集合 」は「 自分自身を含む 」

  あれなんか変だぞ.

                                                                                      (2006/4/17)
  また少しまともな話にもどろう.

 √2 を極限値に持つ有理数列の話である.

 実は無限通りの方法で √2 を極限値に持つ有理数列が作れる.

 その大まかな特徴は次のようにまとめることもできる.

 (1) √2 より大きい側から √2 に近づくもの.

 (2) √2 より小さい側から √2 に近づくもの.

 (3) √2 の上下で交互に振動しながら √2 に近づくもの.

 (4) 異なる曲線上にあるにも拘わらず同じ √2 の極限値を持つもの.

 (5) 同じ曲線上にあるにも拘わらず異なる有理数列を組成して同じ √2 の極限値を持つもの.

 これらはやがて「 判別式が2の二次拡大整数環の基本性質 」で詳しく述べるつもりでいる.

 つまり有理数の切断や有理数列の収束の問題は極限値だけでなくその近づき方の経緯も含めて考慮しないと

正確な議論にならないと思うのである.

 例えば先述と似た例として

  ( lim n → ω )( 1/n ) = 0  

 と

 ( lim n → ω )( 1/n2 ) = 0

とは同じ 0 という値であってもその経緯が異なっていると考えて良い.

 その結果これに n を乗じたときに結果が異なるのである.

  具体的な例としては貯水槽の水位がある.

 同じように現在 H[m] の水位を保っていても満水から減じて今に至っているもの, 減水から満ちて今に至って

いるもの, あるいはさらに複雑な経緯を辿って今に至っているものなど様々に異なっている.

 それに応じて揚水ポンプの運転の経緯も様々に異なったものとなる.

  このような系では単に水位を測定しただけではポンプの発停は不明である.

  ポンプの発停を決定するには単純な真理値表ではなく遷移表の作成が必要となる.

 これらは単に同じ数量に等しいか否かというような単純な真偽の問題ではなくなっている.

  実数論の比較の公理も何かもう少し味付けのようなものが必要なのかも知れない?

 ( 二数 a, b 間で a > b, a = b, a < b のどれかが成り立つことを比較の公理という.)

 カントールの連続体濃度の問題もこの味付けの仕方の違いから何か解決の方法を探れるのかも・・・.

                                                                                      (2006/4/19)
  笑い話の追加.

 「 神が存在しないとは云えない.」ということについての(厳密な!)証明.

  (1) 神が存在する場合.

   「 神が存在しないとは云えない.」は真である.

 (2) 神が存在しない場合.

 神が微小な素粒子大の大きさであるかも知れないと疑う.

 宇宙にある全ての微小区間を検査してどこにも神が存在しないことを実証する必要が生じる.

 その手続きが完了するまで「 神が存在しない 」とは云えない.

  ところが実質においてこの手続きはいつまで経っても完了しない.

 ゆえに, この場合において「 神が存在しないとは云えない.」は真である.

 ゆえに (1), (2) からいづれの場合にせよ「 神が存在しないとは云えない.」は真である.

 (証明終り)

 このことは真に「 神のみぞ知り給う 」ことであります.

 ところが微妙なことに「 神が存在しないとは云えない.」が「 神が存在している.」かの如くに聞こえる.

  そこで重大な問題提起.

 「 無理数が存在する.」のは「 無理数が存在しないとは云えない.」という理由だけからかも知れない.

                                                                                       (2006/5/3)

  §.実数係数の5次代数方程式の解法(筆者考案)

 a4,a3,a2,a1,a0 を実数,

 x,y を実数, z を複素数として,

 z = x + yi

 f(z) = z5 + a4z4 + a3z3+ a2z2+ a1z + a0 = 0

として実数係数の5次代数方程式 f(z) を定義する.

 さらに 

  ρ12345 を複素数として,

 f(z) = ( z - ρ1 )( z - ρ2 )( z - ρ3 )( z - ρ4 )( z - ρ5 )

と分解されるとする.

 すなわち根と係数の関係から ∑ を単形対称式として,

 a4 = -∑ρ1, a3 = ∑ρ1ρ2, a2 = -∑ρ1ρ2ρ3, a1 = ∑ρ1ρ2ρ3ρ4, a0 = -∑ρ1ρ2ρ3ρ4ρ5,

であると考えて良い.


 α,β を実数, ρ を複素数として,

 ρ = α + βi

 ρ の共役複素数を ρc と書けば,

 ρc = α - βi
 
として良い.

 以下の補助定理たちが成り立つ.

 [補助定理1] 

 ρρc = |ρ||ρc|
 
  [証明]

 ρρc = ( α + βi )( α - βi )

     = α2 + β2

  |ρ| = |ρc| = √( α2 + β2 )

  ∴ |ρ||ρc| = α2 + β2

  ∴ ρρc = |ρ||ρc|

  //

 [補助定理2] 

 |ρ1||ρ2||ρ3||ρ4||ρ5| = |a0|

 [証明]

 定理1-2から β ≠ 0 であるような

 ρ = α + βi

が f(z) の根であれば, 

 ρc = α - βi

も f(z) の根となる.

 ところが補助定理1から 

 ρρc = |ρ||ρc|

 一方 β = 0 のとき

 ρ = α

となるから

 |ρ| = |α|

  f(z) の定数項は根と係数の関係から

 a0 = -ρ1ρ2ρ3ρ4ρ5,

  ∴ |ρ1||ρ2||ρ3||ρ4||ρ5| = |a0|

  //

  [補助定理3] 

 |ρ1|,|ρ2|,|ρ3|,|ρ4|,|ρ5| の内の最小のものを

 |ρ|min

と書いたとする.

 |ρ|min5√|a0|

 [証明]

  |ρ|min5 ≦ |ρ1||ρ2||ρ3||ρ4||ρ5|

 補助定理2から 

 |ρ1||ρ2||ρ3||ρ4||ρ5| = |a0|

 ∴ |ρ|min5 ≦ |a0|

  ∴ |ρ|min5√|a0|

 (証明終り)

 [補助定理4]

  f(z) の実根を ρ1 とすれば, 

 -n5√|a0| ≦ ρ1 ≦ n5√|a0|

であるような最小の自然数 n が存在する.

 [証明]

 |ρ1|/5√|a0|

が実数であることから

 適当な 0 以上の整数 m が存在して

 m ≦ |ρ1|/5√|a0| ≦ m + 1

  ∴ m5√|a0| ≦ |ρ1| ≦ (m+1)5√|a0|

 n = m + 1

とすれば

  -n5√|a0| ≦ ρ1 ≦ n5√|a0|

 この n は題意の条件を満たす最小の自然数と考えて良い.
  
(証明終り)    

 [補助定理5]

 ρ1 を実根として

  f(ρ1) = 0

であれば

 -n5√|a0| ≦ ρ1 ≦ n5√|a0|

 かつ
 
   f(-n5√|a0|)f(n5√|a0|) ≦ 0

であるような最小の自然数 n が存在する.

 [証明]

  補助定理4から

 ρ1 を実根として

  f(ρ1) = 0

であれば

 -n5√|a0| ≦ ρ1 ≦ n5√|a0|

であるような最小の自然数 n が存在する.

 ところが,

 十分大きな有限の自然数を N とすれば

 f(N5√|a0|) ≒ (N5√|a0|)5

  f(-N5√|a0|) ≒ -f(N5√|a0|) ≒ -(N5√|a0|)5

  f(-N5√|a0|)f(N5√|a0|) ≦ 0
  
  ゆえに

 -n5√|a0| ≦ ρ1 ≦ n5√|a0|

 かつ

  f(-n5√|a0|)f(n5√|a0|) ≦ 0

となるような最小の自然数 n が存在する.

(証明終り)

 [補助定理6]

 a,b,c を実数, ρ を f(z) の適当な実根,

 a ≦ ρ ≦ b, f(a)f(b) ≦ 0, f(ρ) = 0, c = ( a + b )/2

を前提として

 f(a)f(c) ≦ 0, ρ' = ( a + c )/2, a ≦ ρ' ≦ c

 または

 f(c)f(b) ≦ 0, ρ' = ( c + b )/2, c ≦ ρ' ≦ b

が成り立つ.

  さらにこの操作を無限に繰り返すことで f(z) の一つの実根 ρlim に収束すると考えて良い.

  [証明]

 a,b,c が実数であれば f(a),f(b),f(c) も実数となる.

 ∴ f(a) ≦ 0  または f(a) > 0 

    f(b) ≦ 0  または f(b) > 0 

     f(c) ≦ 0  または f(c) > 0

  題意から

 f(a)f(b) ≦ 0    

  ゆえに 

 ( f(a) ≦ 0  かつ f(b) > 0 )  または  ( f(a) > 0  かつ f(b) ≦ 0 )

 ゆえに  

 (1) f(a) ≦ 0  かつ f(b) > 0  かつ f(c) ≦ 0 の場合.

   f(c)f(b) ≦ 0, ρ' = ( c + b )/2, c ≦ ρ' ≦ b 

  (2) f(a) ≦ 0  かつ f(b) > 0  かつ f(c) > 0 の場合.

   f(a)f(c) ≦ 0, ρ' = ( a + c )/2, a ≦ ρ' ≦ c
 
 (3) f(a) > 0  かつ f(b) ≦ 0  かつ f(c) ≦ 0 の場合.

   f(a)f(c) ≦ 0, ρ' = ( a + c )/2, a ≦ ρ' ≦ c

 (4) f(a) > 0  かつ f(b) ≦ 0  かつ f(c) > 0 の場合.

    f(c)f(b) ≦ 0, ρ' = ( c + b )/2, c ≦ ρ' ≦ b


  この操作を n 回繰り返すと, 始にあった閉区間 [a,b] は 1/2n に縮まる.

 10 回では 1/1024 となる.

 この閉区間が無限に近い回数で縮められたときの閉区間の中点を ρlim とすれば

 微小な実数を δ として

 f(ρlim-δ) ≦ f(ρlim) ≦ f(ρlim+δ),

 f(ρlim-δ)f(ρlim+δ) ≦ 0,

であれば,

 さらに微小な実数 ε が存在して 

 0 ≦ |f(ρlim-δ) - f(ρlim)| < |ε|, 

  0 ≦ |f(ρlim) - f(ρlim+δ)| < |ε|

と考えて良い.

 この付近の微分係数がほぼ一定であって 

 f'(ρlim-δ) ≒ f'(ρlim) ≒ f'(ρlim+δ)

であると見なせば,

  |ε| ≒ |f'(ρlim)||δ|

として良いと考えられる.

  ゆえに |δ| が小さくなればなるほど |ε| も小さくなると考えて良い.

  |δ| が 1/2 になると |ε| もほぼ 1/2 になると考えて良い.
 
 このような極限値として

 f(ρlim) = 0

と考えて良い.

(証明終り)


  補助定理5,6から実数係数の5次代数方程式の一つの実根は有限回の操作で十分高い精度で求められる.

 f(z)/(z-ρ1) 

は4次式となるので4次方程式の解の公式で残りの根を求めることが出来る.

 あるいは補助定理3の証明と同様な論法で

 4√|a01| ≧ |ρ2|

となるような根 ρ2 が存在することが云えるので,

 複素平面の原点を中心として 4√|a01| を半径とする円内を細分化して検索すれば

 有限回の操作で ρ2 を高い精度で求められる.

 なお ρ2 が実数でなければ ρ2c もまた f(z) の根となる.

 このような方法を繰り返して有限回の操作で全ての根を高い精度で求められる.

                                                                                       (2006/5/4) 
  [補助定理7]

  5次の代数方程式を

 a5 = 1, a4,a3,…,a0 ∈ R, ρ12,…,ρ5 ∈ C

 f(z) = a5z5 + a4z4 + a3z3 + a2z2 + a1z + a0 = ( z - ρ1 )( z - ρ2 )…( z - ρ5 )

  = 0,
  
  |ρk| < 1  ( k = 0,1,2,…,s ), ( 0 ≦ s ≦ 5 ) 

 ( s = 0 のときのみ k = 0 を取って良いとし, かつ ρ0 = 0 とする.) 

と定義する.

 ここで

 ρk ∈ R+ ( k = 1,2,…,5 )

であると仮定すれば

 |as| ≧ |a0|

となる.

 さらに一般に根たちの内に複素数が含まれる場合であっても

 |as| ≧ |a0|

である可能性は高いと見て良い.

 その結果,

 |ak|   ( k = 1,2,…,5 ) 

の最大のものを |a|max とすれば, 

  補助定理5,6を利用して一つの実根を絞り込む場合において

 5√|a0|

を |a|max で置き換えれば根の絞り込みが容易となる. 

  [証明]

 ∑ を単系対称式とする.

 |as| = |∑ρ1ρ2…ρ5-s|

  = |ρ1ρ2…ρ5∑(ρ1ρ2…ρs)-1|
  
  = |ρ1ρ2…ρ5||∑(ρ1ρ2…ρs)-1|
  
  = |a0||∑(ρ1ρ2…ρs)-1|
  
  題意から, 

 |ρk| < 1  ( k = 0,1,2,…,s ), ( 0 ≦ s ≦ 5 ) 
 
 さらに特別な場合として,

 ρk ∈ R+ ( k = 1,2,…,5 )

であると見なせば

  |∑(ρ1ρ2…ρs)-1| > 1

  ∴ |as| > |a0|

  しかし一般の場合においては 

 ρ12,…,ρ5 たちの内に複素数が含まれるため

 |as| > |a0|

が必ずしも真であるとは限らない.

 しかしながら, 適当な最小の自然数を n として
 
 f(-n|a|max)f(n|a|max) ≦ 0

が比較的に小さな n で成立するとだけは云える.

 この結果, 補助定理6の利用により一つの実根を絞り込む際の目安には成り得る.

(証明終り)
                
                                                                                       (2006/5/8)

 両側を有理数の不等式で挟んだ閉区間が毎回ごとに縮まって行く仕掛けを持つとき, この操作を無限回行なった

と仮定して一つの無理数の極限値に収束するという考え方自体がデデキンドの実数の連続性と矛盾していないだろうか?

 なぜなら実数の連続性を仮定すれば両側を有理数で挟んだ不等式の閉区間には無数に多くの実数が連続している.

 ならば, そのようなものが極限値としてたった一つの無理数に収束するはずが無い.

 むしろ無数に多くの実数を含んだ極限類に収束すると見なすべきである.

 通常の実数論で習った極限値はこの極限類の固有名に過ぎないと考えるのである.


 厳密な数学というものは確実に正しいとは限らない様な事や矛盾は全て不採用にすべきでは無いのだろうか?

 疑わしきは罰せずという諺があるが, 疑わしきは採用せずという慎重さが厳密な数学の態度ではないのだろうか?

 ところが実数論においてこの不確かな事か, 悪く云えば矛盾の類を採用してしまった訳である.

 然らば曖昧であるとか厳密でないとか矛盾しているとかの謗りを受けたとしても致し方あるまい. 

 「 実数の連続性と微積分を使った議論であるから純粋数学として厳密である.」などと書かれた専門書も多い.

 しかしこれも考えて見れば

 「 実数の連続性と微積分を使った議論であるから少し曖昧ではある.しかし実用的には差支えが無いと考えて良い.」

と云うべきである.

 実際, 微積分などというのはニュートン辺りが物理学への応用として考案したものであった.

 そんな訳で私は今でも実数論や微積分を一種の応用数学であると考える方が自然であると思っている.


 実数の連続性に基づく不都合の一例を示そう.  

 A と r と B が三つの連続した実数であって, しかも

 A < r < B

のように取れるだろうか?

 これは小数の最終桁目まで行かないと区別が出来ない筈である.

 しかし最終桁目というものの存在が保証されるだろうか?

 無限大の自然数というものが完成された数で無い限り最終桁目は現われる筈がない.

 いや,そんなところが現われるということ自体が最終桁目であることと矛盾する.

 どんな任意の二つの実数 A, B であっても

  A < B, A = B, A > B

のどれか一つしかも唯一つだけが成り立つという比較の公理がこのような場合には不明瞭となる.

 然るに実数論では比較の公理が成立するとしている.

 これは十分離れた二つの実数にしか当てはまらない.
 
 よって実数論には特有の矛盾がある.


 ここで A と B が波立った海の上に浮かんでいる二隻の船のような状態で, 

 しかも両者が接近し過ぎている場合を考えて良いならば, ある時は接触しある時は離れる.

 この様などっちつかずの状態を故意に起こすことで実数論特有の矛盾がある程度は緩和できるかも知れない.

 これを素朴な形で述べれば許容誤差の採用となるであろう.

 しかしながら, この様な許容誤差の採用は実用的には救いの神ではあっても理論的には躓きの石となる.

 躓きの石といったのは許容誤差を認めると有理数と無理数の区別が無くなるからである.


  許容誤差を認めないと矛盾が生ずる.

  許容誤差を認めると有理数と無理数の区別が無くなる.

  認めるが是か認めざるが非かこの選択に迷う.


 許容誤差を素直に認める率直な応用数学の方が厳格な純粋数学よりも遥かに卓越している気がする.

 今の例では (A+B)/2 を隙間の規約上の代表者と見なせば許容誤差は |A-B|/2 となる.

 これだと特に無理数を使う必要は無くなるが, 隙間の固有名として採用するだけなら良いとする.

 ここでは無理数は隙間の名称として銘目的にのみ存在している.

 有理数は実在で無理数は銘目である.

 これは丁度ルネッサンス以降の哲学で人間が実在で神が銘目であるとするのと似ている.


 正確な実数の議論では下限と上限の有理数と不等式の縮め方の公式こそが常に明記すべき重要事項となる.

 然るに実数論では下限と上限の有理数と不等式の縮め方の公式を全て捨て去って不等式の隙間

にたった一つの無理数的命名をして良かれとしている場合も少なくない.不正確この上もないお話である.


  こんな訳で私は無理数にも実装されている無理数と実装されていない無理数があると考える.

 実装されている無理数とは

 (1) 初期の有理数の下限 A と上限 B とで初期の閉区間 [A,B] が定義されている.

 (2) A と B に基づいて閉区間を縮めるための公式 F(A,B) が与えられている.

このような場合の隙間の定義のことであると考える.

 例えば √2 を実装する方法は無限に多くあるがその一例として

  (1)

  A(1) = ya(1)/xa(1) = 1/1 = 1 

 B(1) = yb(1)/xb(1) = 3/2
  
で初期の閉区間 [A(1),B(1)] を定義する.  

  (2) 

  ya(n+1) + xa(n+1)√2 = (3+2√2)( ya(n) + xa(n)√2 )
 
  yb(n+1) + xb(n+1)√2 = (3+2√2)( yb(n) + xb(n)√2 )

  A(n+1) = ya(n+1)/xa(n+1) 

  B(n+1) = yb(n+1)/xb(n+1)

  あるいは

 A(n+1) = 1 + 1/( 2 + 1/( 1 + A(n) ))

  B(n+1) = 1 + 1/( 2 + 1/( 1 + B(n) ))

により [A(n),B(n)] を [A(n+1),B(n+1)] に縮める.

 然らばこの閉区間の定義が無理数 √2 の実装となる.

  実は,

  ya(n) + xa(n)√2 = (-1+√2)(3+2√2)n   ( n = 1,2,… ) 

  yb(n) + xb(n)√2 = (3+2√2)n   ( n = 1,2,… ) 

なる式が成り立つ.

 さらに次のような第一象限にある二本の双曲線

 ya2 - 2xa2 = -1

 yb2 - 2xb2 = 1

は共有漸近線として

 y = √2 x

を持つ. 

 この結果 

  A(n) = ya(n)/xa(n) < √2   ( n = 1,2,… )

 B(n) = yb(n)/xb(n) > √2   ( n = 1,2,… )
   
となる.   

 ゆえに [A(n),B(n)] は漸近線の傾き √2 を常に閉区間の隙間に含んでいる.

  つまり易しく云えば有理数の下限 A と上限 B を二枚の衝立てと見て, √2 の様な無理数を両側から挟みながら

この隙間を縮めて行くと考えるのである.

 しかし通常の実数論の様にこれを極限までやって二枚の衝立てをくっつきそうになるまで縮めたりはしない.

 与えられた許容誤差 ε より小さくなる程度の有限回で止めるとするのである.

 ここではむしろ隙間は常に存在しているけれどもそれで良い.なぜならそれは事実だからである.

 数学も科学であってみれば, 全てが事実だけに基づく原因と結果の連鎖でなければならない.

 実数を担ぎ出したは良いが, それによってこの連鎖が壊れてしまっては何にもならない.

 私が正しいとする実数論はこのような立場のものである.



                                                                                       (2006/5/9)

  一般の n 次代数方程式の複素平面内における根の存在範囲について有用な公式を述べる. 

 以下の議論では ρ を任意の根に持つ n 次の代数方程式を

  a1,a2,…,an ∈ R, ρ ∈ C, ( an ≠ 0  ⇔ ρ ≠ 0 ),

  f(ρ) = ρn + a1ρn-1 + a2ρn-2 + …  + an = 0

とする.
 
 [補助定理8-1]
 
 |ak|  ( k = 1,2,…,n )  

の内で最大のものを M1 とすれば

 |ρ| ≦ M1 + 1

である.

 [証明]

 -ρn = a1ρn-1 + a2ρn-2 + … + an

  ∴ |ρ|n ≦ |a1||ρ|n-1 + |a2||ρ|n-2 + … + |an|

  ≦ M1( |ρ|n-1 + |ρ|n-2 + … + 1 )

  = M1( |ρ|n - 1 )/( |ρ| - 1 )

  ∴ 1 ≦ M1/( |ρ| - 1 )( 1 - 1/|ρ|n )

 ここで定理に反して |ρ| > M1 + 1 と仮定すると,

 0 < M1/( |ρ| - 1 )( 1 - 1/|ρ|n ) < 1

 しかし, これは 

 1 ≦ M1/( |ρ| - 1 )( 1 - 1/|ρ|n )

であることと矛盾する.
 
  ∴ |ρ| ≦ M1 + 1

 (証明終り)

 [補助定理8-2]

 k√|ak|  ( k = 1,2,…,n )  

の内で最大のものを M2 とすれば

 |ρ| ≦ 2M2

である.

 [証明]

 |ρ|n ≦ |a1||ρ|n-1 + |a2||ρ|n-2 + … + |an|

  ≦ M2|ρ|n-1 + M22|ρ|n-2 + … + M2n

  = M2( |ρ|n-1 + |ρ|n-2M2+ … + M2n-1 )

  = M2( |ρ|n - M2n )/( |ρ| - M2 )

  ∴ 1 ≦ M2/( |ρ| - M2 ){ 1 - ( M2/|ρ| )n } 

 ここで定理に反して |ρ| - M2 > M2 であると仮定すると,

  0 < M2/( |ρ| - M2 ){ 1 - ( M2/|ρ| )n } < 1

  しかし, これは,  

  1 ≦ M2/( |ρ| - M2 ){ 1 - ( M2/|ρ| )n }

であることと矛盾する.

  ∴ |ρ| - M2 ≦ M2 

 ∴ |ρ| ≦ 2M2 

(証明終り)

                                                                                      (2006/5/12)

 §任意の正の有理数 q の n 乗根の絶対値 n√q の実装

 q を整数や 1 未満の有理数を含めた任意の正の有理数とする.このとき常に

 0 < q < ( q + 1 )n 
 
  0 < n√q < q + 1

が成り立つので初期の閉区間を

 [A(0),B(0),] = [0,q+1]

と定める.区間を縮小する為の縮小方程式を

 f(x) = xn - q

とする.明らかに

 f(A(0)) = f(0) = -q ≦ 0

  f(B(0)) = f(q+1) = (q+1)n - q > 0

を満たしている.そこで

 C(0) = (A(0) + B(0))/2

として

 f(C(0)) ≦ 0  ならば 

  [A(1),B(1)] = [C(0),B(0)]

  f(C(0)) > 0  ならば 

  [A(1),B(1)] = [A(0),C(0)]

とする.このとき 

 E(1) = |A(0) - B(0)|/2

  C(1) = (A(0) + B(0))/2

とすれば

 C(1) - E(1)n√q < C(1) + E(1) 
  
が成り立っている.

  この様な方法を m 回繰り返すなら与えられた正の微小な有理数を ε として

 E(m) ≦ ε

 n√q ≒ C(m)

と出来る.
 
 この様な方法でも任意の正の有理数 q の n 乗根を実装できる.
 
 
 ここでは常に与えられた閉区間を二分しながら閉区間を縮めて行ったので, 以後この方法を

 挟撃二分法と呼んでおく.( 挟撃とは挟み撃ちのこと.平明に挟み打ち二分法でも良かったかも知れない. )
 
 ここでは [A,B] の正確な中点を C としたが適当に選ばれた中間であればどこでも良いと思える.

 ただ C を [A,B] の中点に取ることで試行回数 m を小さく出来るとは云える.

 10 回やると 1/1024 に出来る.

 1 [m] の長さの 1/1010 が 1 [Å](オングストローム)になり,これは水素原子の直径位に当たる.

 従って挟撃中点二分法を 30 回もやればほとんどの場合に実用的に申し分の無い精度が得られると考えて良い.

 しかも昨今の PC(パーソナルコンピュータ)の普及がこれを極めて身近なことにしているので

  デデキンドの時代には(1858年11月24日.安政5年に「連続性と無理数」を著したことになっている.)

  冗長で非合理的であると考えられていたような方法が今日では返って手取り速くて合理的な方法と思えてしまう.

 これも時代の進歩というものであろうか(笑)

 しかもデデキンドの連続の公理は証明された定理ではなく無条件で正しいと認めてくれという要請に他ならない.

 私なら実数の連続性を認めてもらう代わりに先ほどの挟撃二分法で E(m) が与えられた任意の誤差 ε より

有限 m 回で小さくなることが云えるならばこれで問題の数が求められたと見なしてくれと要請する.

 然らば先の五次方程式でも次に述べる角度の三等分でも解けない筈の問題が解ける様になる場合も少なくない.

 私が純粋数学よりも応用数学の方が勝っていると考えるのはこの様な理由からでもある.

 
 「神の物は神に, シーザーの物はシーザーに収めよ」(キリスト)

 「新しい葡萄酒は新しい皮袋に」(キリスト)

 「不可能証明は純粋数学に, 可能は応用数学に」(筆者)


 しかもこの様な知恵は大学入試の段階を向かえた位の人なら皆が平均的に持っている知恵であり世界中の先進国に

おいてそうであると云えよう.

 この様なことも近代から現代における数学教育の普及の賜物なのかも知れない.

 そしてその普及に貢献した数学者達はもちろんガウス然り, デデキンド然り, コーシー然り・・・等々である.
 
                                                                                      (2006/5/20)

§挟撃二分法による角度の三等分.

 一般に定規とコンパスのみを作図道具として有限回の作図で得られる図形の研究を古典幾何学という.

 与えられた任意の角度を三等分することは古典幾何学的には不可能であることがガウスによって既に証明されている.

 さらにガウスは定規とコンパスのみを用いた作図は有限個の二次の補助方程式の連鎖を解くことに相当することを示し

 このような数をピタゴラス数と命名した.

 すなわち有理数体を基礎体として有限回の二次拡大で得られる拡大体と古典幾何学の作図量とは同型である.

  然るに与えられた任意の角度の三等分は三次方程式を解くことに相当すると云える.

 そんな訳で任意の角度の定規とコンパスのみによる有限回の作図による三等分は純粋数学的には不可能となる.

 しかしながら応用数学的にはどうかと云えば, 先述の挟撃二分法を用いれば可能となる.

 以下にその方法を述べる.


 ( ここでは例えば線分 QO の長さを |QO| と書いて良いとする.)

 与えられた任意の角を ∠QOP とし, 弦 QP を水平な直線上に作図したとする.

 点 O から 弦 QP に垂直二等分線が下せるゆえその足を O' とする.

 O' を座標の原点, O'P を含む直線を x 軸とし P の向きを x 軸の正とする.

 線分 OO' を含む直線を y 軸とし O' より上方を y 軸の正とする. 

  原点 O' の x 座標を xa(0) とし, 点 P の x 座標を xb(0) とする.  

  線分 O'P の二等分点を S(0) とし S(0) の x 座標を xc(0) とする.

 点 S(0) から y 軸に平行線を引き弧 QP との交点を C(0) とする.

  点 C(0) の y 座標を yc(0) とする.

 点 C(0) を通って x 軸に平行線を引き, 弧 QP との交点を C'(0) とする.

 ここで新たに

  xe(0) = ( xb(0) - xa(0) )/2

と定義する.

 然らば,

 |PC(0)| = √{( xb(0) - xc(0) )2 + yc(0)2}
   
  |C(0)C'(0)| = 2xc(0)

 xc(0) - xe(0) ≦ xc(0) ≦ xc(0) + xe(0)

が成立する.

 ここで,

 |PC(0)| ≧ |C(0)C'(0)| 

  ならば 

  xa(1) を xc(0) とし, xb(1) を xb(0) とする.

 |PC(0)| < |C(0)C'(0)| 

  ならば 

  xa(1) を xa(0) とし, xb(1) を xc(0) とする.

  さらに 

 xc(1) = ( xb(1) + xa(1) )/2
 
 xe(1) = ( xb(1) - xa(1) )/2
 
とすれば,

  xc(1) - xe(1) ≦ xc(1) ≦ xc(1) + xe(1)

 0 ≦ xe(1) ≦ xe(0)

となる.

 ゆえに挟撃二分法が成立し, 与えられた許容誤差を ε とすれば有限 m 回で

 xe(m) ≦ ε

  |PC(m)| ≒ |C(m)C'(m)| ≒ |C'(m)Q|

となると云える. 

  ∴ ∠POC(m) ≒ ∠C(m)OC'(m) ≒ ∠C'(m)OQ

  すなわち与えられた任意の角 ∠QOP は三等分されている.

                                                                                      (2006/5/23)

§新作落語『段取りの長い料理屋さん』(筆者考案)


 客「料理屋さん」

 料理屋「へい、らっしぇい!」

 客「このお品書きの『√2/10 の無理切断』というのは何ですぃ?」

 料理屋「さすがお客さん、お目が高ぇ。

  いえね、あっしもこの道50年、料理屋の端くれでやんす。

  料"理"屋が無"理"数も料"理"できねえようでは、時代の波に乗り遅れまさぁね。

  それで、この度、わざわざドイツまで留学して修業してきたってのがこの新メニューでやんす。」

 客「ほう、新メニューですか。それは幸いですな。さっそく、それを一つお願いできませんですかな。」

 料理屋「へい『√2/10 の無理切断』一丁!。かしこまりやした。」


 料理屋さん、やおら、お豆腐を取り出しまして、それに正確に寸法を測って筋目を付けております。

 なにやらしきりに勘定している様子であります。

 どうやら一つの区切りをきちんと10等分しては、その内の一区切りを数え、

 その一区切りの中を又きちんと10等分しては、その内の一区切りを数え、

 延々とこんなことばかり、背筋を正して厳正な所作で繰り返しております。


 客「料理屋さん。実は私はかなりお腹が減っておりましてな。なるべく早くお願いしますよ。

  で、さっきから見ておりますが、どうも同じことばかりしておられるみたいですな?

  いったい、どういう曰くのものなのか後学のために宜しければお聞かせ願いたいものです。」

 料理屋「お客さんもなかなかの通でやんすねぇ。こういう料理は曰くも知らずに味わうものではござんせん。

  そもそも、・・・」

 客「ふむふむ。」

 料理屋「今を去ること150年前、ドイツはウェルヘルムの片田舎!」

 客「ふん、ふふんむ、ふんふん。」

 料理屋「後に数学道におきまして、この人ありと唄われましたる天才、デェーデキンドが考案のチーズ料理。」

 客「へぇー、数学者にも器用な人がいるもんだねぇ。チーズ料理っていったね、でもお豆腐使ってるよw」

 料理屋「へい、これはあっしのアイディアで和風にアレンジしやした。

  先ず、一丁のお豆腐に正確に10等分の筋目を入れやす。

  左から一番目と二番目の筋目の間に正確に10等分の筋目を入れやす。

  このまた左から四番目と五番目の筋目の間に正確に10等分の筋目を入れやす。

  このまた左から一番目と二番目の筋目の間に正確に10等分の筋目を入れやす。

  このまた左から四番目と五番目の筋目の間に正確に10等分の筋目を入れやす。

  このまた左からニ番目と三番目の筋目の間に正確に10等分の筋目を入れやす。

  ・・・・

  これで、0.14142・・・という塩梅(あんばい)になりまさぁね。」

 客「驚いたねぇ。素人には真似の出来ない職人芸ってやつですかねぇ。早く味わって見たいもんです。」

 料理屋「もう、味わっておいでで。」

 客「えぇぇ。私はまだ一箸も頂いておりませんが!!」

 料理屋「普通の料理ならばお作りしたものを召し上がって頂くのが筋ってもんでやすが。この料理だけは、」

 客「ふむ。なんか特別の心得でも要りますかな?」

 料理屋「ただ延々と、あっしの段取りだけを眺めて頂くだけの料理でやしてw」

 客「えぇぇ。それは困りました。わたしゃ本当にお腹が減って来ましたよ。もうペコペコです。

  死にそうです。ヒィー!!

  何とかキリのいいところで止めてもらえないもんですかな(泣き)」

 料理屋「途中で止めますと『無理切断』という料理にはなりやせん。」

 客「で、い、いったい、何になるんです?」

 料理屋「『有理切断』になりやす。」

 客「『有理切断』。こ、この際です。そ、それでいいから、早く、早く食べさせて下さいよ。」

 料理屋「それはできません。」

 客「えぇぇ。どうしてです><」

 料理屋「『切断』の変更は、法律で固く禁じられておりやす。」

 客「な、何ですとぉ!

    私ゃ変な料理を注文したばっかりに警察にとっ捕まって刑務所に入れられるかも知れんというのですか?」

 料理屋「なんせ、公理と申しましてな、憲法みたいなもんでやんす。」

 客「ほぇー。」

 料理屋「国会議員でも変更することは」

 客「ふむふむ。」

 料理屋「難しかろうと存じ上げます。」

 客「そこだけ妙に丁寧だね。トホホホホ。料理屋さん。」
  
 料理屋「へい。」

 客「そんな料理は制限時間内デ、デキンド!」

 料理屋「ですから始めっから。」

 客「ふむ。」

 料理屋「『無理』だと、申し上げておりやす。」

  客「あは、こりゃ一杯食わされましたな。w」

 (チョーン!)
                                                                                      (2006/6/11) 




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